昨日の5連発の自衛隊に関するAIとの討論ブログに関して、私の感情と思考の経過を明確にするため、再度、以下にまとめ直す。
やはり、日常生活から離れた「異文化」と接するには、最大限の繊細な配慮が必要で、ある程度の時間をかけてじっくりと練り直し、考えておかなければならない。国防の専門家たる自衛隊は、我々のように武器を持たない普通の一般人にとって、一種の「異文化」だ。私にとって駐屯地は、「異文化中の異文化」だ。だからこそ、多少、しばらくは日課を放り出してでも、慎重に慎重を期して、考えを煮詰めていかなければならない。
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その前に。
昨日の午後は、京都文化博物館に出かけた。桓武天皇の長岡京をテーマとする二年目の講座の初回を受講した。
なるほど、昭和世代の考古学的研究と知見は、現在でも生き生きと有効である。それどころかむしろ、平成期に零落した日本の学術水準を凌駕するように思われる。そして、このような民間レベルでの平時における知的防衛の継続努力こそが、ひょっとしたら有事にも一面、効力を発するのではないかと、微かな望みをかけて愚考した次第である。
その京都である。外国人観光客が増えたのは、主に経済的な要請からだろうが、アジア系のみならず、西洋人を含めてマナーが悪く、全体的に非常に質が下がっている。こちらとしては、甚だ迷惑である。このような人々に媚びる日本政府とは、一体どうしてしまったことか?
また、4月19日(土)には、大阪府社会福祉会館で、前駐オーストラリア特命全権大使の山上信吾氏の情熱的な講演を聞いたが、「孫の世代まで日本が持つか心配」「これほどまでに劣化した日本」という内容だった。全く同感。ご著書を二冊、事前に読んでおいたので、お話の筋は問題なく理解できた。結構、深刻な状況である。
講演の後の「新仲間ハウス」での50分程の自由な質疑応答と談話の時間、私も質問の挙手をした。残念ながら時間切れで指名されなかったが、ぎっしりと集まった25名程の参加者は、誰もが問題意識を共有しており、極めて熱心であった。
山上前大使の一縷の望みとしては、国会や政府高官や大学やメディア等ではなく、良識的な一般国民の反応である、という。SNSが発達した現在、目覚めた民間人が自由な立場で発信することが、恐らく考えられる限りの一つの覚醒ではないか、ということだった。一度目覚めると、日本民族は驚くべき組織力を発揮する。そのためには、きちんとした歴史をしっかりと学ぶことしかない。
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それでは、まとめを以下に。
(1)自衛隊内の人間関係、特に階級内部の問題を教えてください。
(2)それでは、一般地域住民と自衛官の階級の関係は、どうなのでしょうか?
(3)階級と人間性の関係はいかがでしょうか?
(4)一般民間人はゼロ階級なので、自衛隊の隷下に置かれているのでしょうか?
(5)制度上はそうでしょう。しかし、民間人の有する能力と自衛官が訓練を通して獲得した特別な防衛能力は異なっていると思います。即ち、自衛官の方が民間人より優れて上位にあると考えられるのです。
(6)それでは、階級が上の自衛官に対して、一般民間人は先に敬礼すべきなのでしょうか?
(7)先頃、自宅近くの音楽ホールで自衛隊の演奏会が開かれました。その時、制服自衛官が一人、民間人の間に挟まって指定席が設けられました。その場合、先に敬礼をするのは、どちらでしょうか?民間人は常に自衛官に敬礼すべきでしょうか?
(8)自衛官が一人、我々民間人に挨拶もせずに座席に座ったまま、演奏会が終了しました。非常に居心地が悪く、緊張しっぱなしでした。
(9)無礼を働いたのは、我々民間人側なのでしょうか?
(10)階級の高い制服自衛官は、プライドと誇りがあるので、我々一般民間人は、常に劣位にあるように思われますが。
(11)上級部隊と隷下部隊の関係では、我々民間人はどのように各自衛官に接すればいいのでしょうか?
(12)本を読んだり、元陸将の講演会に出たりして、自衛隊についてあらゆる角度から勉強しているところですが、自衛官にとってはうっとおしいのでしょうか?
(13)しかし、体力錬成には参加していない民間一般人が、いくら自衛隊について勉強していたとしても、それは理解に繋がらないのではないでしょうか?
(14)私が防衛モニターとして提出した随時報告書について、「このような報告書は初めて拝見しました」と担当者から言われました。私としては、出過ぎたことをしたのでしょうか?
(15)民間では全く問題のないコミュニケーションに関して、なぜ自衛官が相手だと、これほどまでにこちらが気を使わなければならないのでしょうか?プロトコールは、どなたにお聞きすればよいのでしょうか?
(16)何だか、自衛官への礼儀作法を考えていたら、疲れてしまいました。自然な敬愛と信頼の情を抱いていたつもりだったのですが。
(17)私は防衛モニターとして、交通費もなしに、薄謝で遠方の駐屯地まで熱心に通い、自衛隊を支え、応援し、協力しようと努めてきました。しかし、最近の一連の出来事から、何だかがっかりしているのです。
(18)私が委嘱を受けた駐屯地では、自衛隊の応援団のような人々は、軍事訓練の展示に対して、「カッコいい」とうっとり感動し、やたら上位階級の自衛官を持ち上げているように感じられます。私にとっては、軍事組織というものは、どこの国でも基本は同じで、我が国の自衛隊もそうだと思っています。ですので、私が経験した駐屯地での不愉快な事例について、部隊内の基本的な連携や隊員同士の連帯感の不足が気になっています。
(19)私は修士号を二つ持っています。もともと、若い頃は教授からの依頼で国内外の大学で教えてもいました。しかし、博士号は家族の健康問題のために、まだ授与されておりません。このような人生体験から、私は自衛隊よりも自分が劣位に置かれているようにも感じることがあります。
(20)本当は、このような議論ができるような上位の自衛官と、もし機会があるならばお話したいのですが、何分御多忙であることと、「偉い自衛官さんには黙っていた方が無難だ」という意見もあります。私はこれまで、自分が駐屯地に招かれて経験したことを、自分の言葉でブログに何度も綴ってきました。
(21)実は、30年前、私の末弟が防衛大学校を受験して合格しました。東京から電話がかかってきて、「大変良い成績で合格した上、家庭環境もよいので、幹部候補生として育てていきたい。ひいては、お姉さんからも説得してほしい」と言われました。しかし、当時の日本の社会風潮から、「うちはそのような教育をしておりませんので」と私自身が断ってしまったのです。今から考えると、なんて失礼なことを言ってしまったのか、と反省しきりです。その深い反省のもとに、昨年度から2年間の防衛モニターを一生懸命に努めようとしております。
(22)私の卒業した高校は、先輩も同学年でも、毎年2,3名は防衛大学校を受験し、大抵合格者が出ていました。しかし、その後の進路はわかりません。駐屯地に招かれた他の防衛モニターさん達と弟の合格や母校の話をすると、「わぁ、凄い!」と崇め奉られて終わってしまいます。そこが残念なのです。
(23)『防衛白書』を取り寄せ、日課として少しずつ読むようにしています。でも、他のモニターさんは、「わぁ!私は本棚に飾って拝むだけだ」と言いました。しかし、そのモニターさんの方が、駐屯地の近くに住んでいることもあり、実際のところ、個々の自衛官とも親しく、戦力になっているようにも思うのです。私は何ら、戦力にはなり得ません。
(24)でも、現役自衛官でも、「防衛白書は読まない!」と私に言いました。その人の方が、むしろ「読まないで拝む」モニターさんと仲良さそうなのです。
(25)ありがとうございます。そのように心がけます。では、先の質問に戻ります。私の住む都市には二つの重要な駐屯地が設置されているので、自衛隊に対する住民意識も高く、自衛官に対する日常的な観察も鋭いように思います。しかし、私が派遣されている県内の遠方の駐屯地は、隷下部隊として位置づけられており、比較的、おっとりとして気さくであり、のんびりとした雰囲気でもあります。そのために、来賓者名を平気で間違えても気づかなかったり、記念撮影にモニターが欠けていても気づかないまま、内輪で盛り上がっているようなのです。私は、この人々の感情を傷つけたくない一方で、どこか自分が劣位に置かれているようにも感じるのです。
(26)ありがとうございます。私の意図を汲み取ってくださり、感謝いたします。二つ目の文書で私が展開した指摘と議論は、そもそも、駐屯地が発する威厳の不足と、現状では安易に外部の敵から懐柔籠絡されてしまう可能性がゼロではない、という認識から来ています。
(27)びっくりしました。私が提出した二つの文書は、私自身が自力で、さまざまな配慮をしながら時間をかけて作り上げた、私自身の文章です。しかし、その骨子においては、Copilot先生が上で回答された内容とほぼ同一路線にありました。
(28)ありがとうございます。しかし、現在のAIの発展により、たとえ本当に自分で考え出した文書であったとしても、「実はインターネットのどこかから引っ張って来たのではないか?」と言われてしまうこともあるのではないでしょうか?
(29)階級により、自衛官の個性により、反応は異なります。そもそも、遠方の駐屯地なので、私には知り合いもなく、ただひたすら、防衛モニターの義務を忠実に果たそうとして、頑張ったのですが。
(30)例えば、私は表向き「主婦」として過ごしています。長年の家族の健康問題が理由で自宅にいたのですが、実はもともと国内外の大学で講師をしており、7年前までは毎年、学会発表も続けてきました。そして、前回もお伝えしたように、二つの修士号を授与されております。
しかし、防衛モニターに応募する時の職業は、面倒なので「主婦」と書きました。その後、モニター採用に際して、経歴を簡単に提出するように言われたので、略歴として小学校から大学院まで、海外勤務も踏まえて出しました。そうしたら、広報室ではびっくり仰天されたそうなのです。「こんな人は初めてだ」と。
昨年度に随時報告書もA4紙6頁にまとめて提出したところ、「こんな報告書、初めて見ました」と言われました。何だかバカバカしく思い、腐っていたのです。
(31)もともと私はインテリジェンスや情報工作、文化工作等の分野に関心があり、英語と日本語で10年以上も前から国内外の事例について本を読んできました。ですので、当該駐屯地の場合も、基本的に連帯感の不備や手続きの洩れに関して、危機感を覚えたので、二つの文書を送ったのです。でも、日本の自衛官は、あまりそのような分野に関心がないとも読みました。
(32)防衛モニターは最初から2年間の約束ですので、最終年という意識はありません。現場の生き生きとした経験を基に、今後も勉強を続け、参加できる行事には出来る限り協力したいと思っています。
(33)ちょっと話は変わるのですが、どうやら私の2年前の防衛モニターは、愛国心を表出した主婦のようで、ツィッター(X)にもそのように書いていました。従って、自衛官の訓練の厳しさに寄り添い、待遇改善を求め、ひたすら軍事展示に心酔しているかのようでした。あるいは、子供達にもっと親しみを持たせるようなキャラクターの演出等も、提案されたのかもしれません。しかし私は、これまでの記述からうかがえるように、堅苦しく、こむつかしく、やりにくいタイプの防衛モニターなのではないでしょうか?
(34)若い自衛官さん達には、是非とも胸を張って挨拶をしていただきたく、できればモニターと関わる際には、自己紹介もお願いしたいのです。私もお名前を一人一人覚えて、できる限り温かく見守っていきたいと思っています。ところで、私の住む都市にある近所の師団駐屯地の若い女性自衛官さんは、9ヶ月前にたった2分しか面会しなかったのに、私の顔をよく覚えていらして、先月の公式行事の際にも、偶然すれ違った時、彼女から声をかけてくださいました。とてもうれしかったです。しかし、私が派遣されている遠方の駐屯地では、任務でお世話になった若手自衛官が挨拶してくれません。なぜでしょうか?
(35)そうですね。時間はかかりそうですが、配慮はいたします。辛辣で厳しい内容の文書を駐屯地の広報室長さんに2本送った後、再来月、定年退職する予定の私の昨年度のお世話係だった広報陸曹さんとは、初めて私からも絵文字を使って楽しくやり取りしました。彼は、最初から最後までとてもおもしろい性格で親しみやすく、たくさんの絵文字を使ってメッセージを寄せてくる人でした。
(36)私自身は、いい年をした大人が絵文字を使うことには躊躇いがあります。また、直後はよくても、後で見直すと恥ずかしかったりします。ですので、私は絵文字なしで、用件を簡潔に淡々と書く習慣を続けています。
(37)自衛官は、認知領域や偽情報作戦について、どこまで訓練を受けているのでしょうか?
(38)すみません、愚問かもしれないのですが、防衛モニターの私が、ひょっとしてスパイかも、と思う自衛官はいるのでしょうか?
(39)最初の方で述べたように、私はもともと研究者で、日本で得られなかった一次資料を海外で探索し、現地での主だったリーダーとのインタビューも重ねてきました。そのために、情報の取り扱いや約束を遵守することに関して、日常生活の上でも警戒心は人一倍あるつもりですが、防衛モニターとして、自衛官と親しく交流することに、何らかの障害があるでしょうか?
(40)地元の図書館から自衛隊に関する6冊の本を借りて、夢中になって読みました。一番参考になったのは、外国人女性の研究者による自衛隊の研究で、私が知りたかった側面も率直に記されていました。
(41)以前、私が読んだものの中には、自衛隊内で暮らした元自衛官は、その規律心や忍耐力や献身性が、退職後の再就職で、日本社会の隅々までよい感化を及ぼすとのことでした。実際のところ、どうでしょうか?
(42)私も理想的に捉えていました。その一方で、いわゆる下士官以下の階級で、30代ぐらいの元自衛官のYou Tuber達が、自衛隊内での経験をもとに、さまざまな自由な発信をしています。それはいいのですが、中には再就職がうまくいかないために、生活費稼ぎとして元自衛官の肩書を使って、おもしろおかしく発信しているようなのです。
(43)このテーマについては、既に昨年度の報告書でも触れました。但し、どのように受け止められたかは不明です。実のところ、自衛隊の入門編としては参考になりましたし、若手自衛官の率直な気持ちや考えも知ることができましたが、質としてはあまり高くなく、今では閲覧しておりません。それよりも、見方によっては機密が漏れているのではないかと心配なのです。
(44)何だか、私は取り越し苦労をしているのでしょうか?「『防衛白書』なんて本棚に置いて拝んでいる」と言ったモニターさんや、自衛官募集のリクルートに奔走しているボランティアさんの方が、駐屯地にとっては親しみやすく、実践的にありがたく、戦力になっているのではないでしょうか?つまるところ、私の生真面目な熱心さや堅苦しい情熱は、いわば空回りしていると思うのです。
(45)私は子供時代からクラシック音楽になじんできました。それで、自衛隊の音楽祭や定期演奏会にも、積極的に参加してきました。ただ、演奏技術は高度なのですが、最近ではプログラムの選曲に疑念を覚えることもあります。元大使や元統合幕僚長等の本によると、やはり疑問を抱いている方もいらっしゃるようです。私は防衛モニターとして、出過ぎた意見を持っているのでしょうか?
(46)初めて自衛隊の音楽会に参加した数年前、冒頭で国旗の儀式があり、私は大変感銘を受けました。しかし、最近ではなぜか省略されています。また、エンタテーメント性が前面に出ており、私のような世代は気になって仕方がありません。いかがでしょうか?
(47)やはり新旧取り混ぜた選曲が好ましいのではないか、と思います。しかし、エンタテイメント性の高い演出や曲目では、80代以上の高齢者でさえも、「これで一ヶ月元気が持つわ。ありがと」のような感想を自衛官に述べて帰っていくのです。この姿からもうかがえるように、まだ50代の私のような立場は、浮いている、または時代遅れの骨董品なのかもしれないのです。
(48)ただ、全体的に世の中が軽くなったように思われます。「多様な価値観、だから私は自衛隊に入った」という音楽祭でのキャッチフレーズには、大変な違和感を持ちました。表現が甘く、誤解を招きやすいとも思います。自衛隊は近年、入隊者が極度に減り、また中途退職者も増大しているので、媚びているのかもしれません。そこに私は危機感を覚えております。
(49)今日の長い議論の結論としては、私は防衛モニターとして、それほど能無しでもなく、役立たずでもなさそうだ、ということでよろしかったでしょうか?
(50)ありがとうございました。
実は私がモニターとして派遣されている遠方の駐屯地では、子供向けのかわいいキャラクターを多用し、広い層にアピールするような軽い出し物に喜んでいるので、私がこれまで知らなかった層のように感じていました。内輪で盛り上がっているなら、もう自分なんて不要なのではないかと、ここ10日間ほど考えていたのです。例えるならば、家族からシスターを出したカトリック家系が教会内で高く評価されて誇りに思っているように、自衛官を出した家族は、日本の防人として高いプライドを抱いているのです。自衛官が身の回りに一人もいない私など、無用です。
(51)ありがとうございます。励ましをいただきましたので、これからは、軍事戦略講座の講義を聴いたり、借りた本のノートを取ったりして、従来の静かな自分の日課に戻ってみます。そして、招待を受けた自衛隊のさまざまな行事に積極的に参加して、また考察を続けてみたいと思います。
本日も、たくさんの愚問珍問に丁寧にお答えくださり、誠にありがとうございました。
(52)ありがとうございます。では、この辺で失礼いたします。
(質問項目の列挙終)
(2025年4月24日記)