研究活動あれこれ

ここ数年、2003年に始まった大学改革の弊害、というよりも負の側面が、SNS等を通して一般に広く周知されるようになってきた。

たまたま目にする個人ブログでも、せっかく優秀な成績を残し、受賞歴もあり、順調に博士号まで授与された若手でも、大学に残ることに魅力を感じず、民間の研究所に就職して、むしろ幸せに暮らしている、という事例を目にするようになった。

文系などでは、博士(後期)課程まで進んでも、若くして「奨学金」という借金の返済に追われ、最大でも5年までの任期制の非常勤職しか見つからず、とても結婚どころではない、という悲惨な話は、随分前から問題になっていた。ひどい例では、「高学歴プア」とまで呼称されている(2015年4月5日付「高学歴プア」の問題について(https://itunalily.hatenablog.com/entry/20150405))。

日本のみならず、米国などでも同様らしい。後ろ盾なしにPh.Dを取得しても就職に直結しないために、自宅をオフィスに立ち上げて、雑誌記事や本を書いたり、テレビやラジオに出演したり、講演して回ったりして、生計を立てている人々が少なくない、と米国留学と駐在経験のあった主人がよく言っていた(2015年8月10日付「沈思黙考」(https://itunalily.hatenablog.com/entry/20150810)。

2012年3月に突如、私に「自分の書いたものが日本語になるのを見たい」と訳業を依頼してきたダニエル・パイプス氏だって、実はその口である(2012年3月30日付「新たな頼まれ事について」(https://itunalily.hatenablog.com/entry/20120330)(https://ja.danielpipes.org/art/year/))。親子二代でハーヴァード大学の博士でありながら、お父様の時代にはできたことが、息子さんの時代になると、左翼がアカデミアを占拠しており、「あのような政治思想を持つと、いくら優秀で資格があったとしても、大学に残れないのよ」と、中東フォーラム主催の旅団でご一緒したユダヤ系アメリカ人女性から教わった。2016年秋のベルリンにおける、夕暮れ時のカフェでのことである(2016年10月16日付「欧米はどこへ向かうのか?」(https://itunalily.hatenablog.com/entry/20161016)。

うちの主人に言わせると、「だけどパイプス氏、あそこまでできたなんて、大した人じゃないか」と。それには私も全く同感で、あれから書き下ろしの新書まで出版されたのだから、やはり「書くこと」の才能に並外れて恵まれているのだろう(https://ja.danielpipes.org/article/10910)。

彼とウェブ上で知り合ってメール交換の後、2年後には米国(2014年4月上旬から中旬)、3年後にはイスラエル(2015年4月下旬から5月上旬)、4年後には欧州(2016年9月下旬から10月上旬)、6年後には東京(2018年2月中旬)と、場所を変えて過去4回もお会いしたが、知的刺激には全く衰えがない。パイプス氏はうちの主人のこともよく覚えていて、さり気なく気遣いを示してくださっていた。(明日は、パイプス氏の75歳のお誕生日である!)

放送大学大学院の勉強と研究課題は、主人の罹患データが新しいうちに始めたもので、勿論、マレーシアの研究テーマは、今後、論文にまとめていく予定ではある。

まずは、洋間二部屋に積み上がっている資料や本の整理から始めなければならないが、今のところはまだ、医療福祉の分野で精一杯だ。

そもそも、「資料が置けるように」と、今暮らしている住まいを見つけてくれたのが、他ならぬ主人だったのだ。2018年7月中旬の暑い最中であった。そして、転居してから、私の外出中にも、いつの間にか本棚を注文して、動かない手足を一生懸命に動かして、(少し歪んでいるが)本棚を組み立ててくれていた。また、段ボール箱から自分の荷物を取り出して、緩やかに押し入れ棚に並べてあった。

断捨離と言うものの、さまざまな思い出が濃厚に付着している物の片付けは、そんなにさっさとできるものではない。まずは、主人との約束であった二つ目の学位を五年祭までに仕上げることが課題だった。それは、今春、果たすことができた。そして、まだ残っている手続きなどが幾つかある。
。。。。。。。。。。。
それでは、主人がいなくなってからの私は、ブログ書き以外に何をしていたのだろうか?以下に、ワードに作成してある履歴書から、覚え書きとして、該当箇所を抜粋してみよう。

【学歴】

2020年10月 放送大学大学院修士科目生入学(生活健康科学プログラム)
2022年4月 放送大学大学院文化科学研究科修士全科生入学(生活健康科学プログラム)          
2024年3月 放送大学大学院文化科学研究科修士全科生修了(生活健康科学プログラム)(学術修士)
2024年4月 放送大学教養学部科目履修生入学(6科目 + 5科目)
2024年4月 放送大学大学院文化科学研究科修士選科生入学(2科目 + 2科目)

【研究発表】

・伊丹市立博物館友の会例会・研究発表「神戸におけるマレー語学習について-戦前戦中を中心に-」(2021年9月25日)
・伊丹博物館友の会例会・研究発表「相互理解か宗教的不寛容か?マレーシアのイバン語訳聖書を巡る過去の事件とその余波」(2022年8月27日)
・第5回JPC日本パーキンソン病コングレス(於:東京浜松町コンベンションホール)(主催:順天堂大学医学部脳神経内科内・日本パーキンソン病コングレス(JPC)後援:一般社団法人 全国パーキンソン病友の会) ポスター発表「配偶者から見た若年性パーキンソン病患者に伴う諸問題-プラミペキソールの副作用としての衝動制御障害を中心に-」(2024年10月13日予定)

【掲載原稿】

・「全国パーキンソン病友の会 会報『きずな』大阪府支部だより」No.114(2020年7月)投稿「若年性パーキンソン病患者の友とご家族へ」(https://www.osaka-pda.com/)pp.42-43.
・伊丹市立博物館友の会『友の会だより』令和2年(2020年)10月24日 第63号「新入会員紹介」p.3.
・伊丹市立博物館友の会『友の会だより』令和3年(2021年)2月27日 第64号「むかしのくらし」動画撮影秘話(その2)pp.15-16. 
・伊丹市立博物館友の会『友の会だより』令和3年(2021年)10月30日 第66号「伊丹と島本-むかしのくらし展を機縁として」pp.10-12.
・伊丹市立博物館友の会『友の会だより』令和4年(2022年)2月26日 第67号「神戸における戦前戦中のマレー語学習について」pp.13-15.
・伊丹博物館友の会(改称)『友の会だより』令和4年(2022年)6月25日 第68号「護国神社の英霊慰霊祭から祝日の改称を再考する」pp.13-14.
・伊丹博物館友の会『友の会だより』令和4年(2022年)10月29日 第69号「二つの石の話:行基石と鯉石」pp.13-14.
・伊丹博物館友の会『友の会だより』令和5年(2023年)2月25日 第70号「なんでも発表:相互理解か宗教的不寛容か?」p.14.
・伊丹博物館友の会『友の会だより』令和5年(2023年)6月24日 第71号「一住民から見た千僧今池の変遷」pp.16-18.
・伊丹博物館友の会『友の会だより』令和5年(2023年)9月23日 第72号「千僧の旧地名や古絵図そして子供神輿」pp.18-20.
・産経新聞社『月刊正論』令和5年(2023年)8月号 日本工業新聞社「編集者へ編集者から」欄 p.298.
・放送大学大阪学習センター『みおつくし』2024年4月 No.93「卒業・修了生からの喜びの声」p.9.

【検定】

2021年2月  一般社団法人日本漢方養生学協会 第12回薬膳・漢方試験合格
2021年11月 第1回茶道文化検定 Web版3級合格
2022年11月 第15回適塾講座「洪庵の取り組んだ薬学―その発展」課程修了
2023年1月  日本園芸協会「薬草ガーデン講座」の「薬草コーディネーター」資格認定

【社会活動】

・伊丹市教育委員会 義務教育諸学校等教科用図書選定委員会委員(市民代表)(令和2年度(2020年度)5月29日委嘱)
・伊丹市上下水道インターネットモニター(令和4(2022)年度8月・11月)
 伊丹市上下水道インターネットモニター(令和5(2023)年度8月・11月)
 伊丹市上下水道インターネットモニター(令和6(2024)年度8月・11月)
・伊丹市保健医療推進協議会委員(市民公募)(令和5(2023)年10月1日~令和7(2025)年9月30日)令和5年9月30日付藤原保幸・伊丹市長委嘱(伊健保健第884号)
・公益社団法人 近畿地区不動産公正取引協議会 消費者モニター(令和6(2024)年4月1日~令和7(2025)年3月31日)
・防衛モニター(令和6(2024)年4月1日~令和8(2026)年3月31日)陸上自衛隊中部方面総監証明書 第6-178号(令和6年6月21日 姫路駐屯地にて委嘱状)

【ボランティア活動】

・献血(半年に一度の400ml全献血 2015年1月-2022年6月 計15回)
・伊丹博物館友の会で地域の古文書のラベル貼り作業(月一回1時間半 2022年6月-2023年7月・2024年1月-現在)
・伊丹博物館友の会「むかしのあそび」(2023年2月・9月/2024年2月3日・2月17日)

【趣味の投稿文】

「日々勉強!」『ステーションCO・OP』 2020年6月号 通巻380号 p.37.
「夢の中で一生懸命」『ステーションCO・OP』 2021年4月号 通巻390号 p.67.
「ひとりごと」(生活協同組合『えるクラブ通信』)2021年5月号 No.395, p.4.
「ファミリー川柳」『ステーションCO・OP』 2021年7月号 通巻393号 p.37.
「犯人は誰?」『ステーションCO・OP』 2021年9月号 通巻395号 p.67.
「学び続けること。」『ステーションCO・OP』 2021年12月号 通巻398号 p.37.
「今年いちばん!心に残ったできごと」(生活協同組合『えるクラブ通信』)2021年12月号 No.402, p.2.
「祖父のお豆で豆まきを。」『ステーションCO・OP』 2022年2月号 通巻400号 p.66.
「効果てきめん!」『ステーションCO・OP』 2022年4月号 通巻402号 p.40.
「コツコツがんばります。」『ステーションCO・OP』 2022年5月号 通巻403号 p.40.
「伝言&いろいろ」(生活協同組合『えるクラブ通信』)2022年6月号 No.408, p.4.
「先生への感謝。」『ステーションCO・OP』 2022年7月号 通巻405号 p.38.
「♪毎日を元気に!私の健康法♪」(生活協同組合『えるクラブ通信』)2022年8月号 No.410, p.2.
「長い間、勘違いしていたこと」『ステーションCO・OP』 2022年10月号 通巻408号 p.38.
「おしゃれな父の思い出」『ステーションCO・OP』 2022年12月号 通巻410号 p.40.
「青汁の手軽な飲み方&アレンジ」(生活協同組合『えるクラブ通信』)2022年12月号 No.414, p.3.
「家族への手紙。子どものころの、わが家の暖房にまつわる思い出」編-「古き良き時代。」『ステーションCO・OP』 2023年2月号 通巻412号 p.70.
「ひとりごと」(生活協同組合『えるクラブ通信』)2023年3月号 No.417, p.4.
「家族への手紙。勉強机にまつわる思い出」編-「一緒に歩んだ机。」『ステーションCO・OP』 2023年4月号 通巻414号 p.71.
「ひとりごと」(生活協同組合『えるクラブ通信』)2023年7月号 No.421, p.4.
「教えてください」(生活協同組合『えるクラブ通信』)2023年11月号 No.425, p.3.
「ひとりごと」(生活協同組合『えるクラブ通信』)2024年2月号 No.428, p.4.
「ひとりごと」(生活協同組合『えるクラブ通信』)2024年4月号 No.430, p.4.
「家族への手紙。夏の夕立とカミナリにまつわる思い出」編-「お姉ちゃんの機転。」『ステーションCO・OP』 2024年8月号 通巻430号 p.44.

以上、相違ございません。

(2024年9月8日記)(2024年9月9日・9月13日一部修正)

Posted in Japanese culture, research topics, Studies related, © 2024 by Ikuko Tsunashima-Miyake | Leave a comment

マレーシアへのリサーチ旅行

昨日のブログの続きとして、最後となったマレーシアへのリサーチ旅行について、過去ブログから抜粋を。

(https://itunalily.hatenablog.com/entry/20121225)

2012年12月25日「降誕祭の日に寄せて」

12月7日から20日までのマレーシア(クアラルンプール・セレンバン・(6年前に市に昇格したという)プタリンジャヤ・クラン・ペナン)とシンガポールの二週間の旅は、22年前からの家族ぐるみの友人の長男(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20091016)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20091026)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20091028)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20091102)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120127)の結婚式(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20121109)、18年前からお世話になってきた華人の友人が昨年12月20日に亡くなったので(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20071220)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20080214)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20110323)そのお墓参り(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120607)、学会発表させていただいた植民地時代の宣教師達のお墓参り(ペナンとシンガポール)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20100408)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20100712)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20100724)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20100810)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20100811)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20100912)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20110920)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20111013)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20111026)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120320)、クアラルンプールとシンガポールの国立図書館での資料収集、クアラルンプールと国際空港にある大書店での書籍購入、その合間に、メール・インタビューを私に申し込んできたマラヤ大学法学部の女子学生さん(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120412)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120422)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120429)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120819)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120926)やリサーチ関連のインフォーマントとの面会、最終日には、これで三度目の面会となったクアラルンプール・カトリック大司教(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20070703)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20070725)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20071004)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20071018)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20080116)(http://jams92.org/pdf/NL21/21(22)_tsunashima.pdf)(http://jams92.org/pdf/NL24/24(06)_tsunashima.pdf)(http://jams92.org/pdf/NL26/26(10)_tsunashima.pdf)(http://jams92.org/pdf/NL27/27(24)_tsunashima.pdf)との急遽1時間半に及ぶ面接など、予定は毎日目白押しでした。

結局、出発前には書いておこうと思った三つの演奏会の記録は(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20121125)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20121126)、ワードに下書きが残ったまま見切り発車。事前には、実家の父が入院したとの由で、何かあれば途中で帰国する覚悟で出発しました。当然のことながら、主人の健康状態や日々の生活と仕事のことは気になっていましたが、出発を延期したからといって解決する種の問題ではなく、一期一会で機を捕えなければ、永遠に逃してしまうと思い、決行することに。独身時代や二十代の頃には(また行ってくればいいよね)みたいな感覚がどこかにあったのですが、年を取れば取るほど、(もうこれが最後かもしれない)という血相で重い荷物を抱えて出発することになります。観光客よろしく、おしゃれなんてどことやら、なりふりなんて構っていられません。

(抜粋終)
。。。。。。。。。。
我ながらびっくりするが、二週間でマレーシア(ペナン・クアラルンプール・プタリンジャヤ・クラン・セレンバン)とシンガポールを、実に忙しく訪問していたのだった。

正味二週間とはいえ、片道飛行機で6時間ぐらいはかかり、気候も真冬と灼熱と正反対のために、移動や休息も含めて、実質12日間の活動だった。

今となっては、どうしてこのようなことが全て可能になったのか、不思議でならない。12年前だから、まだ40代の私は若かったのかもしれない。でも、本当に(今しかない)という切羽詰まった気分だった。

飛行機やホテルの予約は、どういうわけか、いつでも主人が全部やってくれていた。病気の夫をほったらかして、勝手に一人で海外に出て行ったのでは、全くない。むしろ、「自分が出来なくなった分、ユーリはできるんだから、できる間にどんどんやったらいいよ」と、喜んでいた。

父の入院は心配だったが、お見舞いをしたからとて回復するとも言えなかったし、あの時を逃したら、本当にマレーシアどころではなかった。尤も、「親が入院したのに海外旅行なんて、恩知らず」という声も、一部にはあった。(帰国後、年が明けてから、確かに私はお見舞いに病室を訪れた。)しかし、私に言わせれば、学会発表前の大変な中、わざわざトラブルを起こしたりして邪魔をしてきた過去は、一体どうなるのだろうか?

そうは雖も、今から考えれば危機一髪というところで、もし万が一のことが発生したら、という不安感と紙一重ではあった。

12日間で8つの活動やイベントをこなしていた。お相手のあることなので、こちらの都合通りに進むとは限らない。結婚式やお墓参りや現地での要人との面談等、移動距離に車を出してくださった方々のお蔭でうまく運んだ出来事でもあった。

・植民地時代の宣教師達のお墓参りについては、ペナンは現地を確認できたが、シンガポールは納骨堂に納められているという話しか聞くことができなかった。

・クアラルンプール国立図書館とシンガポール国立図書館での資料収集

・1990年6月頃からセレンバンでインド系の家族ぐるみのお付き合いが続いていたが、そこの長男さんの結婚式に招待されて出席。(そして、御主人は今年7月20日に亡くなった。)

・1994年から知り合いだった福建系の国会議員のEdward Leeさんとは、長い間メールのやり取りがあり、私のリサーチに関して何かと便宜を図っていただいていた。議員在任中に癌に罹患し、そのまま亡くなった。次男さんとお嫁さんの車でクランにある墓地まで連れて行っていただき、お墓参りをした。

・マラヤ大学法学部の華人系女子学生さんが、私の英語版ブログ(と言ってもニュース・コレクション)を引用して卒論を書いたとのことで、メールでインタビューを申し込んで来たので、マラヤ大学で落ち合って面会。(彼女はその後、結婚した。)

・広東系プロテスタント神学者のDr.Ng Kam Weng のプタリンジャヤのオフィスで何度目かの面会。(メールのやり取りは今でもあり、神学論考を週一度ぐらいの頻度で送ってくださっている。)この1時間か2時間程の面談の間に、私が2012年3月下旬より、アメリカのDr. Daniel Pipesからのご依頼で拙いながらも邦訳を開始したことを伝えると、「パイプス博士か!あの人は、本当にいいイスラム学者だ。彼の書いていることは、本当だ。あんたが知り合いになれたなんて、凄い話じゃないか!」と喜んでくださった。

・最終日には、インド系のクアラルンプール・カトリック大司教との1時間半に及ぶ即席面接があった。(先代の大司教は、しばらく前に癌で亡くなった)

・クアラルンプールと国際空港にある大書店での書籍購入

あれ以来、欧米やアフリカや南アジアでは、イスラム過激派によるテロが局地的に頻発した。日本人も巻き込まれて犠牲になる事件も発生したため、マレーシア渡航の危険度が高くなり、これを最後としたのは正解だったと思う。

(2024年9月8日記)(2024年9月14日一部修正)

Posted in Christianity, Daniel Pipes, Japanese culture, Malay studies, research topics, Studies related, © 2024 by Ikuko Tsunashima-Miyake | Leave a comment

Wong Kim Kong(黃錦光)牧師

私が最後にリサーチ目的でマレーシアを訪れたのは、2012年12月のことだった(https://itunalily.hatenablog.com/entry/20121225)。

主人がペナンの宿泊地に豪華なスウィートルームを予約してくれ、私一人では到底、部屋が余って仕方がなかった。だが、ここで私は、ようやく英領植民地時代のペナンでのキリスト教宣教師達の墓地を探し当てた。また、著名な英国風教会も見学することができた。

その後、飛行機で首都圏へ飛んだが、Rev. Wong Kim Kongが代表を務めていたNECFのオフィスへは立ち寄る時間もなく、毎日、限られた滞在期間をフルに行使して、あちこち回っていた。

あの頃は、父も終末期に差し掛かっていて、いつ何時、何が起こるかわからない時期だったので、余計に、(今しかない!)と思い詰めていた。主人の方も、「できるうちに、できることは何でもしておいたらいいよ」と、一見寛大だが、切羽詰まった健康状態でもあった。

Rev. Wong Kim Kongについては、個人的に頻繁にお話をしたわけではなかった。1999年か2000年の頃、一度だけ、リサーチの目的を問う英語での10分程の面談があったのみである。

そこで私は、もともと1990年4月から政府の仕事でマラヤ大学で3年間教えていたこと、その間にリサーチに繋がる疑問点に気づいたこと、その後、マラヤ大学博士課程に入学が許されたことなどを包み隠さず話した。

(この博士課程は、必ずしもマレーシアに滞在する必要がなく、年に一度、更新手続きに訪マするのみでよかった。しかも、所属期間は最大10年であった。私がここに所属を決めたのは、日本に全く一次資料がなかったこと、指導教授が日本で見つからなかったこと、この種の調査は時間がかかるだろうと見込んだことによる。)そして、指導教授からの公式書簡(レター)を見せて、是非とも必要な文献資料を教えていただきたい、とお願いした。

すると、Wong Kim Kong師の秘書だった福建系女性のMs. Lim Siew Foongを紹介され、センシティブだと言われていた(今も未解決のまま)諸問題についてのリサーチ許可が与えられた。彼女は私とほぼ同い年で、なかなか有能だった。何年かはメールでもよくやり取りがあったが、しばらくしてNECFを辞めて、手話の仕事に移って行った。それからは、あまり連絡が取れなくなってしまった。

久しぶりに思い出したNECFだが、あれから私にもいろいろなことが起こり、苦労して集めた資料は、洋間にファイリングとして積み上がったままである。勿論、口頭発表は2018年3月まで毎年のように続けて来たが、話が単純な割に堂々巡りを繰り返しており、解決には程遠い。だから、このまま一生これで終わりたくない、という気持ちが強かった。ここ数年になってようやく、日本でもこの種の問題が一般国民の間に周知されるようになってきたが、何事であれ、先鞭をつけるとは、非常に犠牲を伴うものである。

そして、一昨日、フェイスブックでWong Kim Kong(黃錦光)牧師の訃報に接した。

不思議なことではあるが、長らく音信不通だったリサーチ協力者の訃報を私が知るのは、ほぼ間違いなくフェイスブックである。何もしていないのに、ふわぁっと浮上してくるのだ。
。。。。。。。。。
(https://www.facebook.com/kimkong.wong/videos/482016977985135)

Dear Family and Friends,
With deep sorrow, Rev. Wong Kim Kong was called home to be with the Lord on 4th September 2024.
Details of the memorial services are shared below.
Facebook Live will be available on this page during the Wake services.
With love, family of Rev. Wong
。。。。。。。。。
詳細は不明であるが、1951年生まれのWong Kim Kong(黃錦光)牧師の葬儀は、ビデオでライブ放映されたようである。こういう点、日本よりもマレーシアの方が遥かにデジタルツールの活用が上手である。

センシティブだと言われたマレーシアのリサーチは、日本の学会で発表を続けてきても、インテリだと自称するような人々によって傍流に置かれたり、平然と無視されたりして、なかなか厄介であった。

だが、マレーシアに行ったこともない主人がいつでも応援し、物心両面で助けてくれていた。尤も、いつまでもこんなことで人生を潰すつもりはなかった。このようにして、いつの間にか、いろいろと貴重な情報や資料を手渡してくれたマレーシアのリサーチ関係者が物故していく。その前に、是非とも論文として完成させたかったのだが、如何せん、こちらののっぴきならない事情もあり、なかなか思うようにはいかなかったことは返す返すも残念である。
。。。。。。。。
過去の英語ブログに掲載したWong Kim Kong(黃錦光)牧師のコメント抜粋を。

(https://itunalily2.hatenablog.com/search?q=”Wong+Kim+Kong”)

(https://itunalily2.hatenablog.com/entry/20170927)
2017-09-27 “Show proof”
《Christians For Peace and Harmony in Malaysia president Reverend Wong Kim Kong noted that Malaysia was “very sensitive” in the multiracial and multi-religious context.He said there should be more religious acceptance when it came to religious practices.》

(https://itunalily2.hatenablog.com/entry/20110724)
2011-07-24 “Christians in Malaysia”
《This weekend, former NECF secretary-general Rev Wong Kim Kong is giving a talk titled “Christian response in the midst of political confusion and uncertainty”.》

(https://itunalily2.hatenablog.com/entry/20080304)
2008-03-04 “Church and Elections in M’sia”
《”I would say that the feel of subtle, backdoor Islamisation of the national life is a major concern,” said Wong Kim Kong, Secretary-General of the National Evangelical Christian Fellowship Malaysia.
Although there is no official policy to discriminate against any religious minorities, the government has been unable or unwilling to deal with violations, he said.》

(https://itunalily2.hatenablog.com/entry/20080130)
2008-01-30 “News on demolished church”
《The Rev. Wong Kim Kong, secretary-general of the National Evangelical Christian Fellowship, responded by writing two separate letters to local authorities, citing the villagers’ constitutional right to construct the church building under Section 2, 6(1) and 7(1) of the Orang Asli Act 1954.
Despite these protests, local authorities tore down the church building last June 4.》

(https://itunalily2.hatenablog.com/entry/20071231
2007-12-31 ““Herald” issue was resolved”
《National Evangelical Christian Fellowship secretary-general Wong Kim Kong welcomed the Government’s approval of the permit.》

(https://itunalily2.hatenablog.com/entry/20071206
2007-12-06 “Issues of Christian identity”
《The NECF chief has this to say about the many errors in the MyKad. Rev Wong Kim Kong had said the situation was serious, as he had recorded a 25% error rate in the samplings he had carried out on church members around the country.》

(リスト終)

(2024年9月7日記)(2024年9月8日修正)

Posted in Christianity, Malay studies, research topics, Studies related, © 2024 by Ikuko Tsunashima-Miyake | Leave a comment

小さな子はかわいい

ご存じのように、フェイスブックでは、定期的に、過去の投稿記事が自動的に上がって来ます。昨日、私は同じ内容を繰り返してみました。記憶は繰り返すものなのですね。
まずは、過去ブログの再掲を。
。。。。。。。
2021年12月4日「幼少時から本物の古典音楽を!」(http://itunalily.jp/wordpress/wp-admin/post.php?post=1303&action)

(https://www.facebook.com/ikuko.tsunashima)

☚ このFBの左側にいる、薄桃色の手作りワンピースを着た小さな女の子「テンプルちゃん」(二枚の写真)は、ピアノと歌のお稽古と同時に、祖母や母に連れられて、名古屋市内のお琴の演奏会へ少しずつ聴きに行き始めました。
「テンプルちゃん」とは、母方の叔母が独身時代に、私の髪型を見て名付けた綽名。犬山城へ連れて行ってもらいました。小さなくまちゃんのぬいぐるみを小脇に抱えた写真もあります。

(2021年12月4日転載)

2021年12月4日追記:幼児期に一緒に遊んだ、布製の赤いおべべの抱き人形。祖父母の家では、「あかこちゃん」と呼び、自分の家では「ドールちゃん」と名付けられました。世代が違うと、昭和時代には西洋化した呼称を。親の意気込みがわかります。

(2021年12月4日記)
。。。。。。。
そして、同じ年の3ヶ月前には、こんなことをフェイスブックに書いていました。

(https://www.facebook.com/ikuko.tsunashima/posts/pfbid022zJrwZ6qxkWdEY9bF2ujPUZnfXLZ1gq3wUApaUYdWHNMohv7wBD5k8WG3VCYMny3l?notif_id=1725439725079202&notif_t=feedback_reaction_generic&ref=notif)

2021年9月4日

この女の子は誰でしょう?
ヒント:三歳四ヶ月です。ピアノと歌の発表会。
    ちょこっとお澄まし顔。
    だってお姉ちゃんになったんだもん!

(転載終)
。。。。。。。
昨日、突然、投稿が再び浮上しました。

(https://www.facebook.com/ikuko.tsunashima/posts/)

ユーリさんが過去の思い出をシェアしました。

2024年9月4日

我ながら、かわいい昭和の子どもでした!
少しくせ毛で、「テンプルちゃん」と叔母に呼ばれていたそうです。
一人っ子の間、いつも遊んでいた赤い抱きぐるみの人形は、祖母宅では「あかこちゃん」、自宅では「ドールちゃん」と呼んでいました。

(2024年9月5日転載終)
。。。。。。。
おまけ:

(https://www.youtube.com/watch?v=ehNnyyrOMl0)

しゃぼん玉石鹸1

実は、生まれた頃の私は、このしゃぼん玉の赤ちゃんにそっくりだったそうです。
よく笑い、よく泣き、元気いっぱいの子どもでした。気分がころころ変わるので、周囲の大人達はたいへんだったようです。

(2024年9月5日転載終)

Posted in Childhood memory, © 2024 by Ikuko Tsunashima-Miyake | Leave a comment

自衛隊体操!

(https://x.com/ituna4011/status/1830490831679316289)
Lily2@ituna4011
究極のエクササイズ!? 5分で有酸素運動の効果もある「自衛隊体操」とは|さんたつ by 散歩の達人 https://san-tatsu.jp/articles/42579/
← モデル体操は、きっちりと隅々まで手足を動かしている。これはキツそう。ラジオ体操に似て、どこまで自分で意識するか、だ。
3:19 PM · Sep 2, 2024

(2024年9月2日転載終)
。。。。。。。
今日は、以下の本が届いた。

渡部悦和・下園壮太自衛隊式メンタルトレーニング:折れない心を育てるワニ・プラス/ワニブックス2024年1月

「誰もが人知れず様々な悩みを抱えて生活し、自衛隊に勤務している」(p.20)
「自衛隊という組織は特殊なようでいて、実は一般社会の縮図でもある」(p.29)
「日本中のあらゆるところから、あらゆる境遇下で人生を過ごしてきた人たちが入隊してきます」(p.29)

防衛モニターとして、自衛隊に関する外側のみの理解に留まらず、あるがままの自衛隊の内部状況を直視しつつ、一国民なりに外側から物心両面で支えられるよう、備えをしていきたい。

(2024年9月2日記)(2024年9月3日一部修正)
………….
2024年9月3日追記

何とも痛ましい事故が福知山駐屯地で発生した。

(https://news.yahoo.co.jp/articles/c7aace5e7acfb259f821bfdc1c24b3612ecc017c?source=sns&dv=sp&mid=other&date=20240903&ctg=dom&bt=tw_up)

陸自訓練で20代の陸曹死亡…福知山駐屯地、他4人も体調不良で入院
2024年8月30日

陸上自衛隊福知山駐屯地は29日、第7普通科連隊に所属する3等陸曹の20歳代男性が訓練中、体調不良を訴えて入院し、28日に亡くなったと発表した。  
発表によると、3等陸曹は屋外のレンジャー教育訓練に参加していた21日、体調不良を訴えて離脱し、翌日も療養。23日に急性腎不全と診断されて入院したが、5日後に亡くなった。  
3等陸曹以外にも、21~23日に4人の隊員が体調不良で搬送され、熱中症や急性腎不全と診断されて入院中。訓練は12月14日まで続く予定だったが、駐屯地は事態を重くみて訓練を中止し、発症原因などを調べる。

(転載終)
。。。。。。。。
この事故報道に関連して、21歳の時にレンジャー訓練を経験した30代の「けるび」君がYou Tubeで発信した。彼は、数年の勤務後、思うところあって自衛隊を一旦退職。すぐさま、今度は予備自衛官として登録された。靖國神社に定期的に参拝し、毎年元旦には遺書を書いている、と述べていた。

(https://x.com/ituna4011/status/1830587741865914830)
Lily2@ituna4011
自衛隊での事故を踏まえて、報道や自衛官の待遇について僕の考え。
https://youtu.be/cqyXSHttS5M?si=PkF8yBzAwJ31cB2i… via @YouTube
9:45 PM · Sep 2, 2024

(2024年9月3日転載終)
……………
2024年9月5日追記

今日届いたもう一冊。

二見龍自衛隊式セルフコントロール講談社ビーシー2021年3月

我々一般人にも実践可能なヒントがたくさん盛り込まれている上、自衛隊の基本訓練の実態の断片がわかるようになっている。
例えば、自衛隊では自給自足で自己完結型の戦闘組織という性格から、隊員一人一人が身の回りのことを何でも自分でできるよう訓練されている、という。掃除、洗濯、アイロンがけ、靴磨き、ベッドメイキング、裁縫等である(p.30)。

やや気になったのは、この本に書かれている項目に関連して、30代ぐらいの元自衛官だという最近のYou Tuber達の発信や視聴者のコメントである。縫物やアイロンがけや靴磨き等に関して、元自衛官が「これで自分は自衛隊を辞めました」「こんなことをやっているから、自衛隊に志願者が集まらない」という、まるで逆行する発信を私は見つけた。正直なところ、非常に不愉快である。見ているこちらの士気まで下がる。

この元自衛官らは、レンジャーや難易度の高い資格等を保持していたのかもしれないが、根本的に、自分のしてきたことの意味や自衛隊という組織の原点が全く理解できていなかったことの証左である。民間人になったら言論や表現の自由があるのかもしれないが、それでも、自衛隊に関心が高い若者、特に小学校高学年から中学や高校の生徒達にとって、潜在意識下に及ぼす負の影響がある。その責任の重さをよく考えていただきたい。いかなる理由であったとしても、退職後も「さすが自衛官だっただけある」と言われるような言動を、是非とも心掛けていただきたい。

あるいは、You Tubeの映像へのコメント欄にも、工作員かと思われるような、甘っちょろい奇妙な発言が散見されることもある。

本書では、「自衛隊に入隊すると訓練期間から、スマホに触れる時間が極端に少なくなります。勤務場所によっては持ち込みすら制限されます。」(p.56)とある。それに対して、You Tubeのコメント欄では、若い隊員であろうか、「スマホを見る時間がほしい」と切願しているような文を見かけた。

私なら、スマホ依存症ではないか、と疑ってしまう。最初から入隊を差し止めるだろう。面接時に確認しておくぐらいがいいのではないだろうか?

「今は時代が違う」「それでは若い人が集まらない」等という理由から、基準値を下げている言論人もいる。一見、自衛隊を応援し、自衛隊の将来を心配しているようでありながら、実のところ、現役自衛官達の努力や苦労を小ばかにしていて、失礼でさえある。

この件については、今年5月以降、かなり気になっている。もう少し観察して、自分なりの対策法を考えてみたい。

(2024年9月5日記)
………………
2024年9月8日追記

(https://x.com/ituna4011/status/1832652553240375574)
Lily2@ituna4011
自衛隊の仕組みから学んだ点。
1. 入隊すると二人一組のバディを組む。自分だけができてもダメで、相手が終わるまで助け合う。試練を二人で乗り越える。
2. 階級制度によって混乱やストレスを回避できる。
2:29 PM · Sep 8, 2024

(https://x.com/ituna4011/status/1832653277407920594)
Lily2@ituna4011
一時期、中国の人民解放軍が平等の概念を導入して階級をなくしたが、うまくいかなかったらしい。
『自衛隊式メンタルトレーニング』p.98.
2:32 PM · Sep 8, 2024

(2024年9月8日転載終)
…………
2024年9月9日追記

(https://x.com/ituna4011/status/1833006273064825136)
Lily2@ituna4011
階級制度のプラス面、社会主義は断然否定していた。 自衛隊の場合、固定化された階級制度ではなく、訓練して実力をつけ、学科試験を頑張ることで、上の階級にも上がれるらしい。
1:55 PM · Sep 9, 2024

(2024年9月9日転載終)
…………………
2024年9月20日追記

(https://x.com/ituna4011/status/1824433890448248935)
Lily2@ituna4011
私の担当自衛官さんが、写真撮影前に飛び上がって喜んでいらした時、これは自衛隊体操で長年鍛練した成果だ、と私は感じた。
10:11 PM · Aug 16, 2024

(https://x.com/ituna4011/status/1837065218675069192)
Lily2@ituna4011
自衛官は仕事として、自衛隊体操をする。
私は応援団の一人として、8月半ばから毎日、自衛隊体操を励行。
と伝えたところ、私の担当広報官さんが、びっくり仰天。でも、涙顔マークつきで喜んでくださった。
6:44 PM · Sep 20, 2024

(2024年9月20日転載終)

Posted in Health and Medical issues, Japanese culture, © 2024 by Ikuko Tsunashima-Miyake | Leave a comment

長谷川嘉哉医師のブログから

岐阜県土岐市で、主に認知症を中心として神経内科を開業されている長谷川嘉哉医師のメーリングリストから、最近のブログで参考になると思われた記事を以下に(無断)転載いたします。

長谷川医師は、私の父方叔母と同じ名古屋の大学医学部のご卒業で、これまでにもサイン入りご著書や桑の茶等をプレゼントしていただいた経緯があります。今年3月に学位授与された放送大学大学院の修士論文を作成する際、関連トピック記事を何本も参考にさせていただき、You Tube発信も欠かさず拝見しておりました。

以下に、過去ブログでの引用リストを。

2023年9月15日「年金からわかる親ガチャ問題」
(http://itunalily.jp//wordpress/wp-admin/post.php?post=5530&action)

2023年9月26日「嫁は介護要員か?」
(http://itunalily.jp//wordpress/wp-admin/post.php?post=5586&action)

2023年11月14日「家族が成否を決める」
(http://itunalily.jp//wordpress/wp-admin/post.php?post=5911&action)

2023年12月23日「転載シリーズ」
(http://itunalily.jp//wordpress/wp-admin/post.php?post=5966&action)

2024年4月30日「再入学した放送大学その後」
(http://itunalily.jp//wordpress/wp-admin/post.php?post=7294&action)

(リスト終)

専門医による現場からの発信は、大変貴重で勇気づけられるものです。特に、患者だけではなく、患者を取り巻く家族の問題にも鋭く的確な見識を提示され、現代日本社会の抱える問題が如実に反映されていると思います。
。。。。。。。。
Toki Naika Clinic’s BLOG(https://brain-gr.com/tokinaika_clinic/blog/dementia-discrimination/drug-induced-dementia/)

服用している薬が認知症を引き起こす!?「薬剤起因認知症」とは
2024年8月26日

認知症専門外来の初診で患者さんを診るときに私は「診断は? 進行度は? 治療方法は?」などと考えます。しかし、一定数、日頃内服している薬が原因で認知症の症状が出現している患者さんがいらっしゃいます。この場合、薬を中止するだけで症状は改善することがあるのです。

もちろんこれらの薬を処方したのは、認知症専門外の医師です。残念ながら彼らは自身の処方している薬の危険性に気が付いていません。そのため、薬剤により引き起こされる認知症を予防するには、患者さん自身が自己防衛するしかないのです。今回の記事では認知症専門医の長谷川が経験した薬剤が原因の認知症についてご紹介します。

1.薬剤が原因の認知症とは?

薬剤が原因で過度に鎮静されてしまったり、逆に興奮してしまったりして、認知症のような症状が出現することがあります。私も所属している日本神経学会が2017年に作成した「認知症疾患診療ガイドライン」でも「認知機能障害を呈する患者の中で、薬剤に関連すると思われる割合は2〜12%」もあると推測しています。

私自身の認知症専門外来の印象でも、薬の整理をするだけでかなり症状が改善する患者さんが10%程度いらっしゃいます。

2.認知症様を呈する抗不安薬・睡眠薬とは

薬剤が引き起こす認知症症状で最も多いものは抗不安薬や睡眠薬です。

2-1.作用時間が長い睡眠薬に注意

睡眠薬を処方してもらっている患者さんにお願いです。一度、主治医の先生に、「私が服用している睡眠薬の半減期は何時間ですか?」と聞いてみてください。半減期とは、おおまかに言うと薬がだいたいの効果を失うまでの時間のことを言います。その質問に、明確に回答できる医師であれば大丈夫ですが、医師の中には明確に答えられない方が結構いらっしゃいます。睡眠薬は、作用時間によって、超短時間作用型(2〜4時間)、短時間作用型(6〜10時間)、中間作用型(21〜28時間)、長時間作用型(36〜85時間)に分けられます。

中間作用型や長時間作用型は、21時間以上効いているわけですから、高齢者がこのような睡眠薬を服用すると昼間も傾眠になります。結果として、まるで認知症になったように見えることがあるのです。具体的には、

• 中間作用型:ロヒプノール/サイレース(半減期:24時間)、ユーロジン(半減期:24時間)、ベンザリン(半減期:28時間)
• 長時間作用型:ドラール(半減期;36時間)、ソメリン(半減期:85時間)

さすがに長時間作用型を一般内科の先生が使用されることはありませんが、中間作用型は結構使われる先生がいらっしゃいます。きっと半減期を知らないから処方できるのだと思います。

2-2.ハルシオンは別格で副作用が多い

中間から長期に作用する睡眠薬は認知症用症状を起こしますが、逆に作用時間が短い超短時間作用型なら安全というわけでもありません。ハルシオンは、作用時間は極めて短いのですが、それ以外の副作用が多く見られます。副作用の中でも、健忘が最も怖い症状です。継続して服用を続けると認知症になる可能性が高いと言われています。高齢者の場合は、絶対に服用をやめてもらいたい薬です。世界的にも処方量が減っていますが、不勉強な日本の医師のため世界総販売額の約6割がいまだに日本で販売されています。

2-3.デパスも1日1回までなら問題ない

デパスはベンゾジアゼピン系に分類される、抗不安薬・睡眠薬になります。筋肉の弛緩作用が強いため、筋肉の緊張が緩み気持ちを落ち着かせます。そのため、睡眠導入薬を初めて服用する患者さんにも使いやすい薬です。私の経験上でも、寝る前に1錠飲む程度では副作用は殆ど見られません。しかし、1日に2回、もしくは3回処方されると、日中も傾眠になり認知症のような副作用が出てしまいます。高齢者の場合は、1日1回寝る前の服用を厳守してください。

3.糖尿病が過剰にコントロールされていないか?

糖尿病の薬にも注意が必要です。この場合、血糖が高すぎても、低すぎても認知症用の症状が出現するために注意が必要です。ただし、頻度的には血糖が下がりすぎて認知症用の症状が出現していることが多い印象です。

最近の糖尿病のコントロールは、75歳以上の高齢者の場合は、若い方と違いコントロール目標を緩める傾向にあります。具体的には、1か月の血糖の平均を示すHbA1cが7.0台であれば問題はないとされています。(若い方はHbA1c 7% 未満をコントロール目標とします。)

4.胃薬が引き起こしている例も

認知症の患者さんは、胃腸症状を執拗に訴えることがあります。「気持ち悪い。胃がもたれる。吐き気がする。」などです。その場合、専門外の先生は、消化器症状を軽減させるために、ナウゼリンやプリンペランという薬を処方します。

若い方も、胃腸風邪で受診するとよく処方される薬です。これらの薬は、短期間であれば副作用は殆どありません。しかし、高齢者の場合は、症状を訴え続けるため、処方が数か月から数年にわたって継続されることがあります。そうなると、これらの薬は「薬剤性パーキンソン症候群」といって、表情が乏しくなり、歩行も不安定になり一見認知症のように見えてしまう副作用が生じてしまうことがあります。単に胃腸薬と思わずに一度確認してみることが大切です。

たかが胃薬と思っても、慢性使用による副作用を生じさせることがあります

5.身近な風邪薬でも

高齢者や認知症患者さんへの風邪薬の処方は注意が必要です。特に軽い風邪症状の際に処方される総合感冒薬は要注意です。総合感冒薬には、眠気を誘発する成分が入っており、高齢者の場合、認知症のような「せん妄症状」を起こすことがあります。また、認知症患者さんでは、大混乱してしまい緊急受診することさえあります。

高齢者は、38度以上の高熱が出ている、食事が摂れないといった症状がない限りは総合感冒薬の服薬は避けるようにしましょう。どうしても服用したい場合は、漢方の葛根湯がお薦めです。葛根湯については以下の記事も参照になさってください。

•葛根湯・医師長谷川が自信をもってお勧めする漢方薬の効果と使い方

6.全身掻痒感に対する抗アレルギー剤にも注意

高齢者の場合、全身の掻痒感を訴えることがあります。通常は保湿剤で対応しますが、効果がない場合は、抗アレルギー剤を使用します。

しかしこの抗アレルギー剤で眠気が出て、認知症用の症状が出現することがあります。そのため、服薬後の意識レベルや反応には注意が必要です。もちろん、副作用がなければ継続しても問題はありません。

7.薬剤起因に本当の認知症が隠れていることも

薬剤が原因で引き起こされる認知症は、薬をやめれば完全に回復すると思われがちです。しかし、薬の副作用の裏に認知症が隠れていることがあるので注意が必要です。
薬を中止しても認知症様の症状が残る場合は、もともと認知症があって薬によって症状が強く出現したと考えます。したがって、薬を中止してから抗認知症薬等の治療を開始します。

8.薬剤起因性認知症が引き起こされる大きな理由とは

なぜ、このような薬の副作用によって認知症様の症状が出現する薬を、医師が処方するのでしょうか?
実は、不適切な薬を処方した医師は、副作用が出現したときには関わらないことが一因です。専門外の開業医であれば、自分の処方による副作用が起きていたとしても、知らないうちに患者さんの方で専門医もしくは救急で受診をしているケースが殆どです。そのため、副作用の経験が医師にフィードバックされないのです。その結果、副作用が強い薬が再び処方されてしまうのです。

9.まとめ

• 認知症専門外来では、薬の副作用による認知症様の患者さんが10%程度います。
• 副作用を引き起こす薬は、睡眠薬・抗不安薬・糖尿病治療薬・胃薬・風邪薬・抗アレルギー剤と多領域に及びます。
• ただし、薬剤で引き起こされる認知症様症状の陰に、本当の認知症が隠れていることもあるので注意が必要です。

Post Views: 65,218

(無断転載終)
。。。。。。。。。。
上記ブログのポイントは、以下の通り。

・専門外の医師は、残念ながら自身の処方している薬の危険性に気が付いていない。
・質問に、明確に回答できる医師であれば大丈夫だが、医師の中には明確に答えられない方が結構いらっしゃる。
・中間作用型は結構使われる先生がいらっしゃる。きっと半減期を知らないから処方できるのだろう。
・不勉強な日本の医師のため世界総販売額の約6割がいまだに日本で販売されている。
・不適切な薬を処方した医師は、副作用が出現したときには関わらないことが一因
・自分の処方による副作用が起きていたとしても、知らないうちに患者さんの方で専門医もしくは救急で受診をしているケースが殆どである。

10月中旬の東京でのPDコングレス(学会)での私の発表にも、この「医原病」が引き起こした悲惨な崩壊事例が含まれている。乞う御期待!

(2024年9月2日記)

Posted in Health and Medical issues, Japanese culture, © 2024 by Ikuko Tsunashima-Miyake | Leave a comment

大御宝「おおみたから」

メールマガジンからの転載を。

伊勢雅臣『大御宝。日本史を貫く建国の理念』を読み解く

・民を大切な宝物として考え、その安寧を祈るのが、「大御宝」の思想なり。

・神武天皇即位の詔に示され、歴代天皇の責務とされてきた理念が、日本の歴史を支えていた。

・神武東遷がはじまり、神武天皇は各地の支配者と主従関係を結んだり、姫を娶ったりして、同胞感を醸成しつつ、東に向かった。

・そして、河内国の族長などの戦いになんとか勝ち、神武天皇は「建国宣言」をされた。
「恭みて宝位に臨みて、元元を鎮むべし」(日本書紀)
→(謹んで皇位に即いて、民を安んじ治めなければならない)

・民を「大御宝」と考え、その安寧を祈る。それを行うために、神武天皇は皇位に就いたのだ。

・日本列島の各地で、さまざまな部族が今まで群雄割拠していたが、一つの屋根の下での家族のように互いに思いやりを持ち、仲睦まじく暮らすことを理想として、神武天皇は国家を創った。

・各地の部族を婚姻や先祖の系図で結ぶことによって、平和的な共同体を生み出していった。

・民俗学者、柳田國男は、各地に残る民話から、我が国では祖先の霊が、山の高みから我々を見守ってくれている、と信じられてきたことを明らかにした。

・世界の多くの原始部族は、こうした祖霊信仰を持っていたが、近代化した国家で祖霊信仰を持ち続けている点にも、我が国らしさがある。それは聖徳太子が、祖霊信仰を仏教と結びつけたことによって、継承されてきたからである。

・我々を育ててくれた先祖が死後もわれわれを見守ってくれているなら、現世の我々も子孫のためにできる限りのことをしなければ、という心構えになる。

・そしてまずは、子供たちにしっかりした教育を施して、立派な人生を歩ませようと考える。

・教育重視は、我が国の「根っこ」である。江戸時代の就学率は、世界でも群を抜いていた。明治維新後、すぐに公布された学制により全国での大々的な学校づくりが始まった。

・神道を基盤に、仏教も儒教も和して共存しているのが日本の強みであり、このかたちを始めたのが、聖徳太子だった。

・後醍醐天皇とその理想に殉じた楠木正成やその他の忠臣たちの生き様は、清冽な地下水脈のように日本人の心の深奥を潤してきた。

・徳川家康の九男、尾張藩の初代藩主となった、徳川義直は、「王命に依って催さるる事」という言葉を残している。
→ これは朝廷と幕府が対立することになったら、朝廷側につけ、という尊皇精神が込められているとされる。

・「大御宝を鎮むべし」という神武天皇即位の祈りは、清冽な地下水のように、国史を貫いて流れている。

(2024年9月2日転載終)

Posted in Japanese culture, © 2024 by Ikuko Tsunashima-Miyake | Leave a comment

放送大学二学期を先取り

(https://x.com/ituna4011/status/1829297883654307902)
Lily2@ituna4011
10月のコングレスでの発表準備を考えると、9月から先に受講を開始しなければ間に合わない。放送大学の利点は、融通がきくこと。 防衛モニターの方は、10月と11月に二つの駐屯地の式典出席が予定されている。 やれる時にやれることを。小さな社会貢献。
8:19 AM · Aug 30, 2024
63 Views

(2024年8月30日転載終)
……………….
2024年9月1日追記

【再掲】

(https://x.com/ituna4011/status/1815328038143570371)
Lily2@ituna4011
今回、英語担当の先生がおっしゃっていたが、最近流行りのコミュニカティブ一点張りや類推ではなく、やはり紙の辞書を繰り返し引いて、文語的な表現もきちんと文法を理解しておかなければならない、と。 なぜか安心した。
7:08 PM · Jul 22, 2024
64 Views

【新規転載】

(https://x.com/ituna4011/status/1830173554136269150)
Lily2@ituna4011
予定を前倒しして早速、ドイツ語Ⅱのラジオ講義を聴講。高2だった17歳の頃からラジオの外国語学習に馴染んでいるため、気分的にも楽。しかも、ドイツ語Ⅰと同じドイツ人講師で安心。重ねて安心したのは、ドイツ語Ⅱでは「やはり紙辞書がおすすめです」とテキストに書いてあったこと。やはり正統派。
6:19 PM · Sep 1, 2024
232 Views

(https://x.com/ituna4011/status/1830181032630407307)
Lily2@ituna4011
既習の外国語は、テレビよりもラジオの方が疲れにくい。時間も有効に使えそう。勿論、放送大学の講義は、院も学部も全科目、最初から1.5倍速で受講している。 申し訳ないが、1講義45分の時間の余裕は、ない。
#放送大学
6:48 PM · Sep 1, 2024
245 Views

(https://x.com/ituna4011/status/1830182305790603406)
Lily2@ituna4011
フランス語もドイツ語も、テレビ視聴風だと、印刷教材通りの順番ではなく、いつの間にか順序が飛んでいたりして、疲れる。恐らくは、講師の先生方も放送授業を制作する間に、順序を入れ替えて録画されたのであろう。でも、初心者には戸惑いを与えかねない。ラジオ講義はテキスト通りに進むので楽だ。
6:53 PM · Sep 1, 2024
107 Views

(https://x.com/ituna4011/status/1830184723814965404)
Lily2@ituna4011
第1課の聴講終了。何と、ドイツ語Ⅰでは echt を「めっちゃ」「まじで」と訳されていた同じ先生が、ドイツ語Ⅱの終わりには「ごきげんよう」で締めくくられた。
いろいろ突っ込みどころ満載の楽しい独逸語講座。
18歳の頃、故小塩節先生から習った時には、「ごきげんよろしゅう」だった。
7:03 PM · Sep 1, 2024
153 Views

(2024年9月1日転載終)
。。。。。。。
今日は、その他に「西洋音楽史」の科目も第1課のみ受講した。

クラシック音楽については、5歳から23歳まで名古屋音楽学校に通ってピアノを習っていた。
大学生から院生の頃、河合楽器のグレード試験を受けていた。ピアノの先生に頼み込んで、ソルフェージュも即席レッスンをしていただき、聴音と演奏の実技試験および楽理の筆記試験等、緊張しながらも受験した。一応、資格としては取れたのだが、勿論、音大生には練習量からして敵うはずもなく、あくまで履歴書の趣味欄に書く程度だった。

結婚してからは、それまで米国のボストンで小澤征爾や五嶋みどりさん等、超一流の音楽を目の前で堪能してきた主人のお陰もあり、関西でも一流以上の国内外の演奏家ばかりを選んで、西宮や京都や大阪やびわ湖等、行ける間にせっせと演奏会に通っていた。
そして、主人の若年性神経難病の治療の一環だと考えて、一種の音楽療法のつもりで、平日の朝と晩の食事時には、ラジオでNHK-FM放送のクラシック番組を流していた。日曜日の夜には、まずラジオで「クラシック・リクエスト」を聴きながら夕食を摂り、その後は主人の会社での作業服等のアイロンがけをしながらN響アワーを視聴し、続く芸術劇場の時には、いつの間にか寝入ってしまうようなルーティーン生活だった。

一般教養程度には親しんでいたクラシック音楽だったが、肝心の音楽史については、正式に学んでいなかった。
というわけで、今回、お楽しみ科目の一つとして、選択した次第である。

今日のお話は、ギリシャ伝統が現代に至るまで西洋音楽を規定している、という観点が非常に印象的かつ新鮮だった。ともすれば、キリスト教の教会音楽だとか、ユダヤ音楽だとか、インドの伝統舞踊だとか、中国の古典音楽だとか、海外の音楽にも無関心ではありえなかったが、ギリシャ文化が西洋の古典音楽に浸透し続けているとは、迂闊にも気づかなかった。

やはり、大学と名のつくところで勉強することには、カルチャーセンターとは異なった、深い意義がある。

(2024年9月1日記)(2024年9月3日一部修正)
…………..
2024年9月3日追記

(https://x.com/ituna4011/status/1830885968884441242)
Lily2@ituna4011
「趣味みたいなお楽しみ科目」の一つ、島内裕子名誉教授の枕草子のご講義を今、視聴している。 元国文学科出身者としては、高校から大学にかけて味わった懐かしい雰囲気を醸し出しつつ、装い新たに高度化した実質に触れられる点、この上なく幸いである。敬宮殿下が言及された北村季吟は勿論のこと。
5:30 PM · Sep 3, 2024
173 Views

(https://x.com/ituna4011/status/1830886881837584654)
Lily2@ituna4011
趣味の検定試験として、神社検定、茶道文化検定、京都文化検定を受けてきたが、基礎ベースとして馬鹿にならない。今回、二学期用に受講を決めた2科目には、実は検定の知識が役立っている。 勿論、大学の講義なので、もっと深く、もっと文献資料に直接当たっていることは言うまでもない。
5:33 PM · Sep 3, 2024
147 Views

(https://x.com/ituna4011/status/1830888556006711753)
Lily2@ituna4011
島内裕子名誉教授のご講義は、院の講義を既に受講した。ラジオでもテレビ映像でも、今の時代には貴重な名講義そのもの。今年3月下旬、東京での学位祝賀会でお目にかかれて、心躍る経験だった。 私の世代では、あのような語り口が大学の先生の定番だった。平成期のいつ頃からか、騒がしく崩れた。
5:40 PM · Sep 3, 2024
132 Views

(https://x.com/ituna4011/status/1830896700510347377)
Lily2@ituna4011
国文学の古典にせよ、ドイツ語にせよ、十代から二十代にかけて学んだものは、40年程経った今でも、案外に覚えているものだ。そして、教わった昔の先生方に感謝の念さえ沸き起こって来る。教養の基礎となるものが、高校から大学にかけて培われたことは、本当にありがたい。
6:12 PM · Sep 3, 2024
51 Views

(https://x.com/ituna4011/status/1830897484136390794)
Lily2@ituna4011
というのは、教養は「資格」ではないからだ。平成期のいつ頃からか、「資格、資格」と言い過ぎる風潮が現れた。就職に役立つ「資格」は勿論のこと、大学の学位まで「資格」と、混同させている。軽薄にも程があり、嘆かわしい風潮だ。「資格」とは、職や人生を保証するものではない。
6:15 PM · Sep 3, 2024
20 Views

(https://x.com/ituna4011/status/1830917221755035806)
Lily2@ituna4011
18歳の時、習わなかったドイツ語の文法。
「埋めぐさの es」
そんなのあったっけ?ドイツ語文そのものは習っているが。
7:34 PM · Sep 3, 2024
138 Views

(https://x.com/ituna4011/status/1830918115670307036)
Lily2@ituna4011
放送大学のドイツ語Ⅱは、テキストの内容はいいが、練習問題が少な過ぎ、文法説明もかなり速いレベルで飛ばしている。 恐らくは、若い頃に対面式で試験を受けながら学習した世代に向けての復習様式なのだろう。初心者がこのペースで勉強するには、参考書や問題集を別途用意する必要がありそうだ。
7:37 PM · Sep 3, 2024
122 Views

(2024年9月3日転載終)
…………….
2024年9月6日追記

(https://x.com/ituna4011/status/1831687631354429753)
Lily2@ituna4011
今頃気づいたことですが、放送大学の場合、学部では「授業」と呼び、院では「講義」と呼称するようですね。内容レベルの高低は、さほど関係がないように思われますが。
10:35 PM · Sep 5, 2024
79 Views

(https://x.com/ituna4011/status/1831997491807477966)
Lily2@ituna4011
間違えました。島内裕子先生は、学部でも院でも「講義」とおっしゃっていました。失礼いたしました。お詫び申し上げます。
7:06 PM · Sep 6, 2024

(2024年9月6日転載終)
…………………
2024年9月13日追記

(https://x.com/ituna4011/status/1834581268333527384)
Lily2@ituna4011
もう一つ。接続法Ⅱ式に関して、
助っ人Ⅱ式
そんな呼称、あったっけ?40年前の第二外国語では、少なくとも記憶がない。
10:13 PM · Sep 13, 2024

(2024年9月13日転載終)

Posted in Childhood memory, Japanese culture, Piano, Studies related, © 2024 by Ikuko Tsunashima-Miyake | Leave a comment

修士論文題目

放送大学大学院の修論リストがようやく掲載されました。

修士論文リスト(2023年度修了者)

https://www.ouj.ac.jp/gakuin/about/thesis/2023mronbun.pdf

生活健康科学プログラム
【 閲覧可 】

修士論文題目
「配偶者から見た若年性パーキンソン病(PD)患者に伴う諸問題 -抗パーキンソン薬プラミペキソールの副作用としての衝動制御障害を焦点に-」

(2024年9月1日記)

Posted in Health and Medical issues, Japanese culture, research topics, Studies related, © 2024 by Ikuko Tsunashima-Miyake | Leave a comment

神経内科学の医学者への苦情

(https://x.com/ituna4011/status/1307097638748270592)
Lily2@ituna4011
大学病院の医師は、研究用のデータが欲しいのか、実際のリスクをあまり言わずに勧めるように思います。私共は、それが嫌で断りました。介護相談のサイトでも書きましたが、今の神経内科の医師は、雨後の筍のように急に増えて、質はピンキリ。昔は、専門医が限られていたので、もっと慎重で親身でした。
8:22 AM · Sep 19, 2020

(https://x.com/ituna4011/status/1307275520963309568)
Lily2@ituna4011
うちは大阪府下でしたが、阪大病院に2-3ヶ月に一度の外来通院でした。10数年ぐらいはそれでよくても、進行期から末期にかけては、途中で転倒しようが肺炎で入院しようが、全て患者と家族に丸投げ。それでは本当に困ります。緊張と不安と焦りの日々でした。本物の地方(田舎)や島に住む患者さん達は?
8:09 PM · Sep 19, 2020

(2024年8月31日転載終)

Posted in Uncategorized | Leave a comment