…..が終わった!
とはいえ、最終日の昨日夕方、徒歩数分の税務署へ自転車で駆けつけ、閉鎖される10分前に到着。ギリギリまで書類と格闘していたのだが、実は未完成のまま、資料一式を持参の上で出かけたのだった。
本当は、締め切り時間ギリギリになりそうだったので、(もう、提出はあきらめようか)と思っていたところだった。しかし、(一応、税務署まで行ってみよう)と、何となく胸の奥底から浮かび上がってくる思いがあり、それに素直に従った。
結論を先に述べると、それで正解だった。
案外に込み合っておらず、パイプ椅子に座って待っていた数人の他は、提出窓口にも並んでいた人がいなかった。図々しくも窓口前に行き、即座に「準確定申告なんですが、所定の用紙をください」と申し出ると、別の窓口の女性職員さんが、さっと手渡してくださった。
(これを書いたらコピーも取らなければならないし、締め切りまでに絶対間に合わない!)とハラハラしていたところ、入り口で門番をしていたおじさんが、おおらかに「封筒に入れて、外のポストに投函すればいい」と、ニコニコしながら教えてくださった。
「え!そんな裏技があったんですか?」
念のために、用紙をくださった中の女性職員に尋ねた上で「外のポストに入れておきます」と申し出たが、特に咎め立てもなかったので、それでよいらしい。
持つべきものは友、というよりも、即座に入れ知恵をくださる方の存在は実にありがたい。
締め切り時間に間に合うかどうかという緊張に加え、過去のさまざまな思い出の葛藤と闘いながらの作業である。こういうことが早目にさっさと取り掛かれたのは、まだ進行性神経難病だった主人の症状が、薬で何とかなり、健気に会社へ意志強固に通勤していてくれていた時期のみだった。あるいは、全体的に今よりはどんよりとした閉鎖的な時間の流れの中で、社会制度の恩恵をフルに行使して、何らかの形で自分達のささやかな存在を書類によって認知していただけるならば、という時期だった。
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昨年は、このようなブログを綴っていたのだった。申告書の提出後、一週間ほどしたら、東京での学位授与式が予定されていた。主人の母から譲られた色無地の着物で出席しようと思い立ち、何もかも初めての経験を試みる直前だったのに、よく一晩で仕上がったものだ。
2024年3月27日「準確定申告(1)」
(http://itunalily.jp/wordpress/wp-admin/post.php?post=6851&action)
この書類作業のために、税務署への提出直前に出席した伊丹ホールでの土井善晴氏の講演会は、大変に申し訳なかったが、半分以上寝てしまっていた。ただ、あの頃に読んだ数冊のご著書から、今の日本社会に欠けているものや決定的な問題点が浮き彫りになり、自分のささやかな生活にも新たな工夫が加えられたのだから、まあよし、としなければならない。
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「準確定申告」とは、世帯の当事者が亡くなって5年以内に、相続を継承した人あるいは代理人が、死亡者が生前に支払った税金から納め過ぎを還付金として払い戻しされる仕組みである。
2020年春にその制度について聞いた時には、(え!5年間も猶予があるの?)と思ったが、身近な人の死とは理屈や合理精神で割り切れるものではない。私の場合は、主人の母と兄が相続を放棄したので、法定相続人は一人となり、そこは助かった。だが、家族や親族が遠方だったり、大人数だったりすると、話し合いの調整にも時間がかかり、その間に何か別件が発生したりして、なかなかうまくいかないこともあるだろう。
主人が亡くなって半年後、ふと思い立って放送大学大学院の科目生となった。それから一年半、半年に6科目ずつインターネットで受講を開始し、単位を揃えていった。一種の気晴らしでもあり、その後の自分の人生構築への準備でもあった。そして、2022年から2年間、毎月の大学院ゼミと修論作成に没頭しており、昨秋には東京で学会発表もした。従って、何もせずに家の中で座っていたのでは決してなく、5年といえども、あっという間だった。
先に家の中の手続きを全部済ませ、荷物も一切合切きれいに片付けてから、自分の用事に取り掛かるべきだという考え方もあるかもしれない。だが、主人が亡くなった日の夕方は、コロナ第一次緊急事態宣言が発出されており、その直後に病院から電話がかかってきたのだった。それからの2年程は、コロナ禍のために、当初は自宅謹慎がいつまで続くか、今後はどうなるか、と世界中が深刻なムードに陥っていた時期でもあったので、我ながらうまく段取りをつけられた、と自負している。
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そもそも、還付金詐欺が頻発しているということは、医療費控除の申請によって、少しでも生活費の足しにしようという高齢者層が、潜在的に多く存在していることの証左でもある。
私の場合は既に非課税世帯になっており、これまで数回、伊丹市から数万円ずつの補助入金があった。実は、遺族年金と主人が長年蓄えたもの、そして私が20代半ばにマレーシア勤務で貯金してあったもので暮らしているので、本来ならば謝絶してもよい。でも、せっかくだからありがたく頂戴することにして、その金額は最近利息の上がった定期貯金へと移し替えている。そのため、必ずしも準確定申告をしなければならない、という経済状況ではないのだが、ここはやはり気持ちの上でのけじめである。自分自身の人生に折り目節目をつける意味でも、重要な作業であった。
そして、2020年1月から4月上旬まで、あれ程、担当医や看護師さん達にひっきりなしに懇願したにも拘わらず、自宅に戻ることなく、三つの病院を転院しながら寝たきりとなって過ごした主人に対して、何と勤務先の三菱電機株式会社の先端総研は、毎月給与を支払っていたのだった。この温情により、必死でお見舞いを続け、今後の準備を一人で進めながらも、私には深い慰めと安堵感が与えられた。
もともと出身大学の大学院を首席で修了していた主人は、若い頃には「群を抜いていた」エンジニアだと将来を嘱望されていたらしく、社費による米国東海岸の大学への留学とその隣の州の駐在経験も経ていた。これからという結婚直後の発病だったので、診断を下されてからしばらく経って恐る恐る上司に報告したところ、皆がびっくり仰天。「無理をさせたのかもしれない」と、その上司が人事部とも相当に掛け合って、給与を据え置きのままにしてくださっていたのだった。
だからこそ、私は今もこうしていられるのである。そして、その恩恵を少しでもお返しするべく、金銭は清潔にきっちりとしておきたい。
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主人の場合は、相当に恵まれていた世代である。成長期には経済が右肩上がりであった。頑張れば何とかなる、と将来は明るく輝いていた。終身雇用が辛うじて残っていた最後の世代であり、しかも、さまざまな医療福祉の法的制度の施行が疾病の進行度とうまく合致していた。そのため、進行後期という大変な中にも、社会資源と呼ばれるものに支えられ、助けられたのだった。(但し、主人自身が、その社会的な仕組みをどの程度しっかりと理解できていたかは、かなり疑問ではある。)
今の若い人なら、自分の将来の年金がないかもしれない、という不安に脅かされながら日々の仕事を懸命に続けているようだし、結婚したくても非常勤や非正規のままなら、お相手さえ見つからず、結婚など夢のまた夢、という心境らしい。
その点、我々は日本社会が戦後最も経済的にも国際的にも力に満ちていたピークの時期に、公的ルートで海外生活を許された恵まれた世代であった。それがあればこそ、実際のところ、今でもこうして、「僕んとこ来たら、思いっきり勉強ができるよ」と、出会った初日に主人が言ってくれた言葉が文字通り実現しているのだ。やはり、若い頃の小さな積み重ねが、人生後半になって物をいう、と思う。
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去年は、2019年という、伊丹への転居後に急速に精神症状が進行し、入退院が続いて最も大変だった一年間のまとめとして、ギリギリ5年の最終年に準確定申告書を提出することができた。作業は徹夜になってしまったが、もう必死だった。結果的に、還付金として数万円分が5月初旬にはきちんと戻って来たのだった。
今年は、2020年という、主人の人生の最終段階を準確定申告する5年目の最終年だった。実質、3ヶ月と一週間のみの短期間で、入院だけだったので表面上の書類整理は楽だ。だが、この時期に私が格闘した葛藤や、トボトボと歩いてお見舞いに行った日々を思い出すと、やはり疲労感や忌避感が蘇って来る。会社に無理を言って、せっかく新しい土地で「定年まで、あとひと頑張りする」と意気込んで引っ越してきたのに、環境が激変したせいか、本人の言動がますますおかしくなっていった。傍で見ている私も、爆弾のような不安を抱えつつ、(何という人生なんだろう!)とやり切れない憤懣を内包しつつ、本読みやクラシック音楽や翻訳作業で気晴らししながら、何とか一日一日を繋いでいるという感覚だった。
確定申告の締め切りが近づくにつれ、重苦しい気分を払いのけてパソコンを繰り出してみると、大学院2年目だった2023年3月に、半分ぐらいまで文書作成してあったものが見つかった。そのため、昨年ほどの切迫感はなかった。
だが、最後まで給与を払っていただいたのに、銀行振り込みの証拠はあるものの、肝心の源泉徴収票がない。税務署の窓口では、「死亡退職で源泉徴収がないなら、確定申告は不要ですよ」と言われたのだが、大企業のやることとしては、それも変だ。死亡退職金や遺族年金等は、さすがに課税されることはない。(そんなことをしたら、日本は権威主義的な独裁後進国だ!)だが、どこかに書類があったはずだ。
つい、医療費レシートばかりに目が向きがちだったが、本来、必須なのは源泉徴収票だ。たまたま、2020年の5月に私は伊丹市教育委員会に短期採用されて、ごくわずかながらも源泉徴収票が届いていた。だが、世帯主は圧倒的に収入の多かった主人であり、私の源泉徴収票では本末転倒である。
話を冒頭に戻すと、やはり税務署に赴いて、入口の門番のおじさんが「外のポストに投函すればいい」と教えてくださったのが効いた。自宅に戻って、埃をかぶった5年前の古いファイル数冊を次々と取り出してめくってみると、
「あった!」
確かに3ヶ月と一週間分だったが、それでも生命保険料や社会保険料の天引きが明細となっていた。源泉徴収は、さすがに入院中で勤務出勤が一日もなく、余命いくばくもないという患者からは取り立てできないらしく、ゼロ。しかし、そこは私の伊丹市教育委員会からの源泉徴収が生きたのだった。
やはり、自分の意志を超えたところで、いろいろと恩恵がもたらされていたのだ、と思う。
従って、計算式が合っているかどうかはわからないが、違法ではないと思い、夜中までかけて書類を書き直し、印鑑を何ヶ所も押して、文書作成を完成させた。勿論、全部コピーを自宅で取っておく。病院に入院中は、さまざまな検査や治療(口腔ケアや外科処置等)でもこまごまとしたレシートが溜まっており、原本を提出するとなれば、それも時間がかかった。
私の方は、一見元気だという自覚があったが、その一年は、原因不明の腰痛や皮膚疾患(2003年頃から続いていた両足裏の掌蹠膿疱症の悪化)や滅多になかった胃の不快感、2017年2月3日以降の右目の角膜ヘルペスの予後処置のための通院等、案外に医療費がかかっていたことも判明した。
このように、金額そのものよりも、過去の事実の再確認、即ち、我々の日常に何が起こっていたのかについて、書類を通して振り返りつつ、公的機関に提出するという年一度の作業は、私にとっては絶対不可欠だ。
そして、実はこれで生涯最後の作業となった。今後、私がフルタイムの職に就くか(とはいえ、現役世代より収入が三分の一以下に下がることは確かだ)、あるいは主人並みの大病を罹患するか、それ以外には確定申告書と関わることは一切ないはずだ。
門番のおじさんの入れ知恵に沿って、自宅から近いのをいいことに、夜10時頃までは締め切り当日だということで、自転車に乗って税務署ポストに入れる予定でいた。ところが、何だかんだで、医療費計算をし直してみたり、オリジナル資料を複写した後で確認してみたり、という作業をしているうちに、何と夜中の12時を過ぎてしまい、お風呂に入って布団にもぐりこんだのが午前3時前になってしまったのだ!
これは、いくら何でもと思って、3時間ぐらい寝てから早朝、自転車でポストに入れよう、と考えた。日付は変わってしまっているが、ダメもとだ。「提出する予定だったのが、自宅に戻った後で勤務先からの主人の最後の源泉徴収票が見つかったので、書類を書き直していたら遅くなった」と、言い訳すればいい。これは決して嘘ではなく、あくまで事実通りなのだが、締切日明けになって提出する行為そのものが妥当かどうかよりも、気持ちの区切りとして提出したかったのだ、という意志を優先した。
仮に還付金が申請通りに帰ってきたとしても、昨年は万単位だったが、今年は数千円でしかない。でも、繰り返しているように、金額のための準確定申告ではないのだ。これまで10数年以上、毎年春の恒例行事として、長い時は3日ぐらいかけて、短い時には数時間程で申告書を仕上げて提出していた。デジタル申請を10年ぐらい前から紹介されていたが、やはり手書きの方が記憶に残りやすく、病状の進行状況と自分達の暮らし方が反映されるので、頑として手書き書面で頑張った。
これが確定申告も最後となった。なくなってみると淋しいのかもしれないが、準確定申告の最終5年に入る昨年までは、箱に入れたまま放置してあった医療レシートを見るだけでもうんざりだったので、これからは身軽になって、自分本来の課題に専念できるのだろう。
実はまだ、主人のアメリカ銀行の預金を円建てにして相続する作業が残っており、これまた難題だ。また、相続税の支払いについては、2021年2月までに自分で下書きを作成してみたところ、不思議なように非課税上限ギリギリに収まっていた!税務署からは「これは下書きであって正式な書面ではない」と電話がかかってきたことがあるが、主人の長年の難病の状況を伝え、「感情の整理に時間がかかるので待ってほしい」と申し出たところ、その後、特に咎め立てはない。
このように長引く感情、引き摺る思いというものは、ゼミ教授が指摘されたように、主人の難病にも拘わらず、家族や親族等の周囲が私一人に責任を負わせて無視一辺倒だったり、義兄のように患者を危機に陥らせて平気だったりというような、理不尽な経験が続いていたせいではある。
だが、これも人生だと思う。我が家はそれでもかなり軽度の方だったし、主人は身の回りのことを殆ど自分でするタイプだったので、その意味では非常に助かった。むしろ、これまで二人で経験してきたことを、医学や医療福祉の観点から振り返り、人生を自分なりに意味づけていきたい。そのための行路であったと、何度も思い返すことである。
(2025年3月18日記)
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「確定申告」の検索語で、過去ブログを以下に抜粋引用する。
自分では「うちは体が少し動きにくいだけで、後はノーマルな生活だ」と思い込もうと努力しながら、「できることは今のうちに前倒しで」「外向きには明るく強気で」暮らしてきた、と実感する。一連の重苦しい圧迫感と不安感は今や全くなく、実に身軽である。
必死で前を見つめてきたつもりだったが、やはり神経難病患者とずっと一緒に暮らしてきたんだな、と改めて思うところである。
(https://itunalily.hatenablog.com/entry/20080130)
2008-01-30「与えられた恵みを分かち合うこと」
《先程、日本UNHCR協会(国連難民高等弁務官の日本事務所)から確定申告のための寄付金控除用書類が送られてきました。先週には、MSF(国境なき医師団)からも同類の書類が届きました。この他に、相馬雪香氏の「難民を助ける会」からも、きちんとご連絡が来ます。ユニセフも、もうそろそろでしょうか。毎年この時期になると、恒例行事です。
NPO法人加入の組織のみならず、中村哲医師の「ペシャワールの会」や「あしなが基金」や「犬養(道子)基金」や「カリタス・ジャパン」にも、ささやかな額を送金し続けて何年にもなります。中には、アルバイトでお小遣い収入を得るようになった学生時代から続けているものもありますから、一回分の額は少なくとも、継続していけば、何とか多少はお役に立てることもあろうかと思ってのことです。》
《今朝、箴言11章を読んでいたら、「慈善は死から救う」(11:4)「正しい人は慈善によって自分を救い」(11:6)「慈善を蒔く人の収穫は真実」(11:18)「慈善は命への確かな道」(11:19)「他を潤す人は自分も潤う」(11:25)とありました。ついで、「美しい女に知性が欠けている」(11:22)とあるのにも目が留まりました。》
(https://itunalily.hatenablog.com/entry/20080214)
2008-02-14「マレーシアやマレー語聖書のこと」
《主人は特定疾患の認定を受けていて、日常生活にもかなりの不自由があります。医療費計算などのため、確定申告書類で今は忙しくしているのですが、ともかく、人生は実にチャレンジングです。》
(https://itunalily.hatenablog.com/entry/20080219)
2008-02-19「マレーシア総選挙とキリスト教会」
《確定申告の用事もありますし》
(https://itunalily.hatenablog.com/entry/20090205)
2009-02-05「怒りを努力へと転換」
《また確定申告の時期が巡ってきました。昨夜、電卓をたたきながら書類を作成。最初は2日がかりだったものの、11年目ともなれば、2時間ぐらいあるとほぼ完成します。
それにしても、本当に高い税金を払わされているんだなあと、腹立たしくなってきます。公共のために、広く均等に、不公平なく、必要なことに税金が使われているならば、文句は言いません。でも、進行性難病患者を抱え、人生に大幅な制約がかかって、ふうふう言いながら、来年はないかもしれない、と思いつつ生きている我が家にとって、なんでここまで高額税金を払わされているのかと思うと、悔しくてなりません。もっとも、健康制度面での恩恵を受けていることは事実ですが。》
(https://itunalily.hatenablog.com/entry/20090217)
2009-02-17「しばし休憩 その2」
《昨日は、確定申告第一日目。ということで、午後行ってきました!そのまま提出できる準備をしてあったのですが、念のため、税理士さんにチェックしてもらおうと思って、奥の椅子に座っていたところ、5分の予定が45分と長引いたものの、さすがは税理士さん。一部の書類を二部に書き分けることで、さらに余分に還付金が戻ってくることが判明。やったぁ!印鑑持参で正解でした。「やぶ蛇やなあ」とは税理士さんの言。》
《肝心の主人の怪我ですが、昨日、病院に行くと、「一日おきでいいですよ」と言われたとのこと。また、今週末には抜糸できるようです。順調な回復を願って、食事に腕を奮い(?)、お風呂も手取り足取り手伝い、早めに休ませるようにした努力が実ったようで、我ながらうれしいです。シャンプーだけは、怪我の部分を注意深く外して私が洗っていますが、頭の半分からは石けんのいい香り、半分からは汗と薬の混じった変なにおいの両方が漂ってくるので、思わず笑ってしまいます。》
(https://itunalily.hatenablog.com/entry/20100208)
2010-02-08「取り返しのつかないこと」
《確定申告の書類を、昨夜から整え始めています。》
《「2月16日からの確定申告、今年はおかしくなりますよ」という国会議員の某氏の言が命中するかどうかは、これからが見物です。そういう可能性もあるだろうし、案外に、良識的な納税者も昨年同様、ということかもしれません。(私は、我が家の記録として、毎年やっています。もちろん今年も。いちいち、政権動向に左右されるような馬鹿げた生き方だけは、したくありませんから。)》
(https://itunalily.hatenablog.com/entry/20100218)
2010-02-18「今年の確定申告は…」
《昨日で、確定申告も無事、終わりました。会場を見渡す限り、今年も例年と同様の賑わいぶりでした。
ただし、私の書類を見てくださった税理士さんのお話では、「お宅はよかったですな。今年は皆さん、困ってはんのや」とのこと。》
(https://itunalily.hatenablog.com/entry/20110216)
2011-02-16「どうやったら?」
《確定申告が始まりました。今年は手際悪く、まだ、表計算や書類のコピーができていません(参照:2009年2月5日・2009年2月17日・2010年2月18日付「ユーリの部屋」)。
(これじゃあ、どうにも約束が守れそうにない)と焦って、仕事関連で提出を要請された資料の締め切りを、事前に一週間延ばしていただきました。》
(https://itunalily.hatenablog.com/entry/20110218)
2011-02-18「旅の後に」
《確定申告書をはじめとする幾つかの書類を作成し、そしてようやく、学会発表の準備や原稿書きなどにかかれそうです。》
(https://itunalily.hatenablog.com/entry/20110225)
2011-02-25「‘難題’が待ち構えている」
《やっと確定申告が終わり、ほっとしています(参照:2011年2月16日付「ユーリの部屋」)。旅行の出発前、暇を見ては少しずつ書類を整理してまとめる作業を続け、昨晩から今日の午前中にかけて一気にフィニッシュ。自宅から歩いて10分の会場では、ものの5分で終了してしまいました。
来年は電子申告を使うよう、冊子まで渡されましたが、税理士さんに見ていただくと安心ということもあるので、どうしたものでしょうか。》
(https://itunalily.hatenablog.com/entry/20120222)
2012-02-22「中間報告」
《確定申告の書類も、電子版を勧められているのですが、やはり手書きで税理士の先生に見ていただいた方が安心ということもあります。小さい町に住む利点は、このような諸手続きに余計な時間がかからないことです(参照:2008年1月30日・2009年2月5日・2月17日・2010年2月8日・2月18日・2011年2月16日・2月25日付「ユーリの部屋」)。》
(https://itunalily.hatenablog.com/entry/20120224)
2012-02-24「再びツィッターからの転載」
《学会発表の準備もさることながら、確定申告や事務書類を整えることに時間を費やした一日。実は私、事務仕事が大好きで、コピー取りや書式に文字を書き入れるのが全く苦にならない。》
《主人も時々、「しかしマメだよな。これだけは感心するよ」と褒めてくれる。》
《というわけで、昨日は6時間15分かけて、確定申告の書類を整えた。寄付金控除の計算式が、東日本大震災のみ別枠だったので、(どちらがお得か)計算するまでもなかったのだが、ちょっと面倒だった。》
《そんなことを考えながら、近くの税務関係の会場に出向いた。込み合っていたが、待ち時間も含めて、25分で全て修了。》
(https://itunalily.hatenablog.com/entry/20130315)
2013-03-15「花粉症は治る!」
《今日は毎年恒例の確定申告の最終日(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20080130)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20090205)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20090217)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20100208)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20100218)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20110216)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20110225)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120222)。今年は町内の期限に間に合わず、管轄下の市まで電車に乗って行ってきました。
これも十数年ぶりです。当時は花粉症とやらで、(今日こそ行かなければ)と思いつつも、なかなか出かけることができず、延び延びになっていました。また、医療費控除の計算や寄付金控除の計算など、家計簿を毎日つけて書類をファイリングしていても、どういうわけか数日かかるというスローテンポぶりでした。》
《箱に入れっぱなしだったものを三時間ほど書類整理しただけで、物の見事に終わってしまいました。》
《税理士さんによって対応が異なることも確定申告のおかげで判明。我が町の方が、市から出張してくださるので、こちらが不利にならないように配慮してくださいます。市はその点、左派勢力が強いのか、杓子定規でもあります。》
《隣にいた日本語を話す中高年に差し掛かったアメリカ人ご夫妻が、実はバプテストの宣教師さんで、日本でもアメリカでもきちんと税金を払い、収入の申告をされているとのことでした。医療費保険や介護保険などともおっしゃっていました。英語で話す内容と日本語とでは、まるで俳優のように異なるのが、隣で聞いていて、とてもおもしろかったです。》
(https://itunalily.hatenablog.com/entry/20150405)
2015-04-05「「高学歴プア」の問題について」
《家計簿をつけ、クレジット・カードの明細に誤りがあれば逐一問い合わせて確認をし、ガスや電気などの定期検査にも立ち会い、通院記録をつけて申請をし、確定申告期には、書類の整理もバカにはならない。》
https://itunalily.hatenablog.com/entry/20160221
2016-02-21「子のお金を取る親(1)」
《確定申告の時期である(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20080214)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20090205)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20090217)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20100208)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20100218)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20110216)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20110218)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20110225)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120222)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130315)。
我が家の場合、特定疾患対象の進行性難病の診断を下されて18年目の主人がいるので(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20070719)、医療費控除が該当した年以来、毎年の恒例行事。今では、寄付金控除のためにも提出している(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20080130)。
この書類を作成するのは手間暇がかかるが、一年間の支出や年間動向を確認する上で非常に役立っている。時間の捻出だけが、毎年の悩みだ。
ところで、確定申告といえば世帯所得が問題となる》
《夫が亡父と同じ進行性難病、しかも若年性で、日々の負荷は相当なもの。大変な毎日を過ごしているというのに》
(https://itunalily.hatenablog.com/entry/20160225)
2016-02-25「教育の腐敗が非常識を生む」
《確定申告書も未完成。》
(https://itunalily.hatenablog.com/entry/20160228)
2016-02-28「因果応報」
《昨晩遅く、ようやく確定申告書の下書きが出来上がった(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20160221)。町内の手続きは締め切られたので、来月早々、電車に乗って二つ向こうの市まで持参となる。これで三回目だ(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130315)。
昨年度から、特定疾患対象者(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20070719)には「払える人は払ってください」式になったので、またもや医療費控除が加わることになった。寄付金控除も(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20160221)、過去5年以内のものが出てきたら申請に添える。そうこうするうちに、昔のように手間暇かかってしまったのだ。》
(https://itunalily.hatenablog.com/entry/20170313)
2017-03-13「人生に整理をつける」
《一日中ずっと家にこもって、やっと確定申告書が整った。毎年のこの恒例行事は、悲喜こもごも、さまざまな感慨にとらわれる(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20080130)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20090205)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20090217)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20100208)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20100218)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20110216)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20110225)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120222)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130315)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20160221)。
今年は、2月3日以来、予想以上に長引いた右目のヘルペス疾患のために(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20170219)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20170303)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20170306)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20170308)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20170309)、書類整理が遅れに遅れ、例年の町内で提出することは早々と諦めた。明日、電車に乗って、隣の隣の市まで久しぶりに行くことになる。》
《我が家の場合、医療費控除と寄付金控除の還付金目当てで、毎年、書類を提出しているのだが、医療費については、案外に控除額以下で済んだ年もあったことに、先程、改めて気づいた。とはいえ、2003年と2004年という、まだ若かったはずの時には、今よりも遥かに症状の軽かった主人の方に民間療法的な精神面でのお金がかかっていて(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20170112)、そういう時には、私の医療費も正比例して上がっている。
また、2015年からは特定疾患の制度が変わり、それまでは難病であれば一律料金として抑えられていたのが、今後は収入に応じて支払う額が段階ごとに決まってしまったので、またもや高くつくことになってしまった。》
《一年に一回のお金の流れの把握と整理も兼ねているのだが、常に思うこととして、精神面の安定が何よりだと思う。主人が病院に行く度に、レシートと健康ノートに記入することが、とてもストレスになっていることにも気づいた。しばらくは空箱に領収書を突っ込んだままだったのだが、その整理も苦痛になってしまった。それに輪をかけて、自分も昨年から今年にかけて、皮膚科(原因不明の突然の湿疹)や外科(関節痛)や(定期的な集団検診で指導されるので、虫歯は一本もないのに)歯科に通うはめになってしまい、どうしたものかと思う。》
《毎年、(最初から主人が病気でさえなければ、こんなレシート整理やコピー取りもする必要がなく、もっと前向きで建設的な方向に人生設計が立てられたはずなのに)と思ってしまうところが、我ながら情けない。》
《もう一つの決心としては、今後は、各種の援助団体への寄付金を削っていくことだ。知り合いのNPO法人も、「これからもよろしく」ということだったので昨年4月に送金したばかりだったのに、同年6月下旬には解散という、不可思議な成り行きになった(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20160715)。その上、税金対策の書類を申し出て欲しいということだったのに、私には何も送られてこなかった。》
《医療費が今後もかかるので、大変に申し訳ないが、寄付金は比例して減額させていただく。》
ユーリ(Lily) (id:itunalily):
《私の場合、昔から「医療費ゼロ」を目標としているので、かえってストレスがたまるのかもしれない。
例えば歯科検診では、以前ならば「虫歯ゼロ」で治療不要だったのに、この頃では「歯周病」「歯石取り」を勧められて、やむなく歯科に通うことになってしまう。
膝の関節痛も、外科医によれば「加齢に伴う云々」という話だったが、実は昨秋の欧州旅行の後、ピタリと痛みが止まり、今では何ともない。
突然の湿疹も、念のために皮膚科で診ていただくが、塗り薬を塗り、精神的にリラックスしていれば、すぐに治まる。
それに、二十代から三十代にかけて、例年この時期には花粉症に悩まされていたが、ここ数年、ピタリと止まっている。》
(https://itunalily.hatenablog.com/entry/20170316)
2017-03-16「レッテル貼り思考の陥穽」
《確定申告書も、電車に乗って久しぶりに列を作って提出したが、ものの10分もかからずに全て終了した。
これで、懸案だった最低限の用件が終わったことになる》
(抜粋転載終)
(2025年3月18日記)