バカ話小話

(https://x.com/ituna4011/status/1863077692796764519)
Lily2@ituna4011
「あれこれ勉強するな!」「こっちの知らないことばかり発表するな!」と学会で怒鳴って来た人が今や某国立機関の教授に。 だから平成期の日本のアカデミック水準は下がったのか?
1:28 PM · Dec 1, 2024
58 Views

(https://x.com/ituna4011/status/1866249815916691618)
Lily2@ituna4011
「なぜなぜ期」は思考力向上の好機 質問見極めて対応を 青山学院大学教授、坂上裕子さん – 日本経済新聞 https://nikkei.com/article/DGXZQOUD057UT0V01C24A1000000/…
← 私も小さい頃、 なんで?なんで? と、いつでも質問ばかりしていました。今でも恥を忍んで、どこでも質問しております!
7:33 AM · Dec 10, 2024
43 Views

(https://x.com/ituna4011/status/1866282395370189000)
Lily2@ituna4011
小さい頃は、五月蠅い子供だった。 今は質問責めオバさん。
9:42 AM · Dec 10, 2024

(https://x.com/ituna4011/status/1866283469439140328)
Lily2@ituna4011
小学生の時、母方祖母の家の法事にお経を上げに来られた和尚様に、
すみません、人生の意味って何ですか?
と私は質問したかった。祖母が、
それはいいことだ、
と喜んで二人で待機していたが、お寺さんはそそくさと帰られた。
9:47 AM · Dec 10, 2024
29 Views

(x.com/ituna4011/status/1878730664868245553)
Lily2@ituna4011
平成初期のバブル崩壊後から日本社会がバカっぽくなった。テレビ番組、ジャーナリズム、大学の質、経済政策、どれを取っても見苦しい程、劣化が著しい。 私の世代は、戦前の教育を受けた方のご尽力と保護による最後の利益層だった。 若い世代は、余程のことがなければ知らない実感だろう。
6:07 PM · Jan 13, 2025

(2025年1月15日転載終)

https://itunalily.hatenablog.com/entry/2024/11/11/073636

Posted in Childhood memory, Japanese culture, © 2024 by Ikuko Tsunashima-Miyake, © 2025 by Ikuko Tsunashima-Miyake | Leave a comment

放送大学の継続

(https://x.com/ituna4011/status/1877631250774524238)
Lily2@ituna4011
やはり東京は早いですね? 郵便事情、途上国並になってしまいました。お年賀状も、まだ届いています。
5:19 PM · Jan 10, 2025
。。。。。。。。。。
放送大学からの通知がやっと今日、届いた。三連休だったとはいえ、5日遅れとは……。

来年度の継続入学の案内も届いていたが、こちらは昨年末にWeb登録済なので、ここでは省略。これまでにツィッター等で発信したものをまとめておこう。

「まだやっているのぉ?バッカかぁ!」「いつまで夢を追っかけているんですか?」という声が聞こえてきそうなので(いや、過去には実際、わざわざ年賀状に書いてきたり、研究会後の懇親会の席で大きな声で言ってきた人が複数いたのだ)、念のために説明しておくと、これは引きこもりの趣味ではない。
第一、放送大学側から「継続入学のご案内」が届いているのだ。もしも、「バッカかぁ!」と言いたいなら、放送大学の本部がある千葉県まで行って、拡声器で怒鳴って来なさい。即刻、救急車が来て措置入院になりますよ。

政府自ら生涯学習を唱導している昨今、世の中から取り残されているのは果たしてどちらか、ということだ。それに、この頃では、大学経営上、学生の獲得に必死な風潮もある。
。。。。。。。。。
放送大学の勉強開始

(https://x.com/ituna4011/status/1316945861943898112)
Lily2@ituna4011
まだ諸手続きも荷物の整理も終わっていないので、この半年は院の科目等履修生として6科目受講している。 難易度は…..ノーコメント。自分の本来の専門とは全く違うが、毎回の小テストは、慣れれば十数秒で満点が取れる。 しかし、その知識を有しているかどうかが、現場では大きく物を言うのだろう。
12:35 PM · Oct 16, 2020
。。。。。。。。。
科目履修生の頃

(https://x.com/ituna4011/status/1398186801475379206)
Lily2@ituna4011
リベラル左派の科目は、最も相性が悪いのに、昨年から、なぜか常に満点ばかり。 今年は、新規の人文系科目も取ったが、一番好きなのに、点数が最も悪い。
教訓
1. リベラル左派思考に慣れると、頭が一層もっと悪くなる。
2. 学び直しは、何歳からでも大切かつ必要。
4:58 PM · May 28, 2021

(https://x.com/ituna4011/status/1407681238031208451)
Lily2@ituna4011
食品科学と健康、疾病臨床に関するオンライン講座は、本来、看護師さんのキャリアアップ資格用らしいのだが、私のような一般素人の教養講座としても最適。特に、副教材として、参考図書も紹介されていて、読んでみると、情報が重複しているため、最近の分子生物学や予防医学の要点がわかる仕組み。
9:45 PM · Jun 23, 2021

(https://x.com/ituna4011/status/1414001015590821889)
Lily2@ituna4011
単位認定のため、この頃は必死になって課題を進めている。 学び直しは必要。新たに知ることは数限りなくある。 時間やチャンスが与えられて、ありがたい。
8:18 AM · Jul 11, 2021

(https://x.com/ituna4011/status/1414416106991669253)
Lily2@ituna4011
正確には、5,6年ぐらい前から始まった、医師負担軽減と看護師の責務拡大の流れに沿った研修制度の一環。 資格取得は、別の制度があるようだ。 病院内のポスターを見て、正看護師や准看護師の他にも、いろいろな種別ランクがあるらしい、と知った。 大変そうだが、向いているなら、やりがい満点。
11:47 AM · Jul 12, 2021

(https://x.com/ituna4011/status/1430116194430820355)
Lily2@ituna4011
放送大学の社会的意義と通用性について。 私の場合は、主人の発病と進行性により、外の仕事に責任が持てなかったため、家での仕事にシフトせざるを得なかった。 私自身は健康でも、やむを得ない事情というものがある。 大学院の資格という以上に、論文で社会貢献ができれば、と。
7:34 PM · Aug 24, 2021
。。。。。。。。。。
スペイン語

(https://x.com/ituna4011/status/1756461210621649091)
Lily2@ituna4011
いつの間にか、外国語にスペイン語がなくなったんですね?
8:32 AM · Feb 11, 2024
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(https://x.com/ituna4011/status/1788478513336791394)
Lily2@ituna4011
放送大学の科目にスペイン語が欲しいです。なぜないのだろうか?
4:58 PM · May 9, 2024
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(https://x.com/ituna4011/status/1828742506563109066)
Lily2@ituna4011
私の希望としては、国連公用語でもあるスペイン語を、放送大学の外国語科目に入れていただきたい。実は、私の第三外国語はスペイン語。その次がマレー語。 フランス語はその後から始めたので、あまり定着していない。 よろしくお願いします!
7:32 PM · Aug 28, 2024
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(https://x.com/ituna4011/status/1873745580280958993)
Lily2@ituna4011
ただ今発見。2025年度新規開講科目に、「初歩のスペイン語」が2単位だそうです!フランス語Ⅱを取る前に、こちらにしようかな?昔取った杵柄が活かされればいいのだけれど。
11:58 PM · Dec 30, 2024
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(https://x.com/ituna4011/status/1873887594393768014)
Lily2@ituna4011
昨晩、令和7年度の放送大学の継続入学履修の計5科目を登録した。 院は、看護保健学の調査法を学ぶ新規1科目。 学部は、初歩スペイン語、精神看護学、日本政治外交史、そして枕草子の4科目。 枕草子以外、25年度開講ばかりだ。つまり、過去問なし。ここまできたら、もう傾向と対策はいいでしょう。
9:23 AM · Dec 31, 2024
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(https://x.com/ituna4011/status/1873889020264292366)
Lily2@ituna4011
ある目的があっての継続入学だ。 ダラダラと続けているのではない。 院の方は開講科目数が少なく、既にかなり単位を修得してしまったので、受講すべきものがあまりない。 それにしても、物は言ってみるものだ。スペイン語科目の要請を聞いて頂けたのだ!
9:28 AM · Dec 31, 2024
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(https://x.com/ituna4011/status/1873890964898800012)
Lily2@ituna4011
よって、フランス語Ⅱの受講は後回しに。 13歳から英語、18歳からドイツ語、19歳からスペイン語を学習し始めた。その後、マレーシア勤務でマレー語を、結婚後にフランス語を勉強した。 私の世代だと、言語文化専攻なら、これぐらいは普通だった。自動翻訳機がなかった時代だ。
9:36 AM · Dec 31, 2024
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(https://x.com/ituna4011/status/1874382108959076634)
Lily2@ituna4011
新規のスペイン語は、シラバスを見る限り、何とかなりそうなので、記憶力の鍛錬とお楽しみを兼ねて、フランス語Ⅱを後回しに。これは時間調整の工夫。 早速、後期の通信指導の書類が届いた。気を引き締めて今月中旬の単位認定試験7科目、頑張ります。
6:08 PM · Jan 1, 2025
32 Views
。。。。。。。。。
英語

(https://www.facebook.com/ikuko.tsunashima)
2024年11月11日投稿

子供の頃、私はこの番組を見ていなかったが、ゴダイゴの人気は中学校で浸透していた。実は、この番組が英国で報道されたことがきっかけで、日本文化に興味を持つようになり、今や日本研究者になった英国人さえ出ている。前期の放送大学のインタビューで知った。
。。。。。。。。。
ドイツ語

(https://x.com/ituna4011/status/1862077101865853329)
Lily2@ituna4011
あまりにもやる気なし、と思われてはいけないため、わざわざテキストをひっくり返して時間稼ぎしてから提出した。 放送大学のドイツ語は、ⅠもⅡも教材はいいが、出題があまりにも易し過ぎて気が抜ける。 せっかくネーナで懐かしい聞き取り訓練までしたのに。
7:12 PM · Nov 28, 2024
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(https://x.com/ituna4011/status/1862288860610510990)
Lily2@ituna4011
ドイツ語Ⅲが欲しい。開講望む。
9:13 AM · Nov 29, 2024

(https://x.com/ituna4011/status/1862308569305293106)
Lily2@ituna4011
https://youtu.be/9ROH41vP5tc?si=gqMvEcD38JdxMe3C… via @YouTube
☚ 放送大学のドイツ語Ⅱの試験が簡単過ぎて気落ちしたので、ネーナのトークをもう一度見て、聞き取り能力を維持しよう。
10:32 AM · Nov 29, 2024
49 Views

(https://x.com/ituna4011/status/1864304606400143584)
Lily2@ituna4011
https://youtu.be/9K5c4MBsivM?si=ljai2GYslrP3-S6t… via @YouTube
☚ In 1984 waren NENA meine Lieblinge für Deutch lernen.
10:43 PM · Dec 4, 2024

(https://x.com/ituna4011/status/1864648742177263722)
Lily2@ituna4011
NENA – Haus der drei Sonnen https://youtu.be/oUyd7pm0O5Q?si=3RslBmW_3Bjb17Md… via @YouTube
この歌も懐かしい!1984年の思い出として、ドイツ語を学んでおいてよかったと今も繰り返し思う限り。40年後の今も、ドイツ語を知的回春剤(?)として放送大学で勉強中。結構、18歳の時の記憶力は今も残っているものですね。
9:31 PM · Dec 5, 2024

(https://x.com/ituna4011/status/1864648843243212930)
何だか自信と誇りが出てきました。変なの。
9:31 PM · Dec 5, 2024
63 Views

(https://x.com/ituna4011/status/1878689106743738620)
Lily2@ituna4011
ドイツ語Ⅱも突っ込みどころ満載。しかも、テキストにミスが多い。報告するのも時間の無駄なので諦めた。
くだけた訳語の例の抜粋:
tatsächlich ⇨ ホントに
riesengroß ⇨ 超巨大
dick ⇨ でか
感じさせられるのは、時代なのか歳なのか?
3:22 PM · Jan 13, 2025
。。。。。。。。。
図書館

(https://x.com/ituna4011/status/1878422222219424147)
Lily2@ituna4011
約2年後の今の経験を以下に。
1.放送大学附属図書館所蔵の古い2冊を自宅宛に郵送して頂いた。即日目を通し、一枚5円の部分コピーを取って、すぐに宅急便で返送した。修論で書いた内容を遥かに下回る内容だった。楽天的過ぎて、お話にならず。
2.筑波大学図書館から2冊、大阪学習センター経由
9:42 PM · Jan 12, 2025

(https://x.com/ituna4011/status/1878423240592552002
Lily2@ituna4011
で借りた。こちらはさすがに読みたかった内容が過不足なく、高度に書かれている。しかも、寄贈された先生のお名前は、私が所有している小冊子の筆者でもいらした! 修論は2年で完成させなければならず、こちらの文献まで目を通す時間がなかった。でも、今も再入学して継続できるのは幸いだ。
9:46 PM · Jan 12, 2025

(https://x.com/ituna4011/status/1878422554769072573)
Lily2@ituna4011
この話は、大阪学習センター発行の「みおつくし」に短文を綴り、「修了生の喜びの声」として掲載していただきました。
9:43 PM · Jan 12, 2025
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学習状況

(https://x.com/ituna4011/status/1854760800935985452)
Lily2@ituna4011
再入学した放送大学の学部5科目は、先月中旬の学会発表前に、集中して7課まで聴講しておいた。学会終了後は、全く聴講していなかった院の2科目を急いでいる。 昨日から通信指導の試験が始まったというのに、昨日ようやく、学習センターで学部の後期学生証を受け取った。写真の掲載が遅れたためである。
2:40 PM · Nov 8, 2024
359 Views

(https://x.com/ituna4011/status/1862070557581468073)
Lily2@ituna4011
今日は一気に放送大学の後期5科目の中間テストもどきの通信指導試験を受けた。 前回までは紙媒体で郵送していたが、今後は自宅でのweb試験に切り替わった。 本部の事務作業は楽になったことだろう。郵便事故もなくなる。 だが、web受験は目が疲れる。
6:46 PM · Nov 28, 2024
201 Views

(2025年1月15日転載終)

https://itunalily.hatenablog.com/entry/2024/11/11/073636

Posted in Health and Medical issues, Japanese culture, research topics, Studies related, © 2024 by Ikuko Tsunashima-Miyake, © 2025 by Ikuko Tsunashima-Miyake | Leave a comment

防衛問題と自衛隊

(https://x.com/ituna4011/status/1869673480515633601)
Lily2@ituna4011
今日は数時間かけて自衛隊検定試験100問を解き、葉書をコピーして郵便局で投函した。今日が消印有効期限。ギリギリ間に合った。
それにしても、これまでの義務教育と上級学校で、なぜ教えなかったのか?
基本的な国の根幹であるのに、今年モニターに採用されるまで、知らないことばかりだった。
6:17 PM · Dec 19, 2024
213 Views

(https://x.com/ituna4011/status/1869674420618633509)
Lily2@ituna4011
防衛省に定期報告は送ってあるが、随時報告は下書きのままペンディング。
何を書いてもいいとのことだが、基本文献で勉強しないと、申し訳が立たない。
自衛隊なら、衛生科か音楽隊に入りたかった!
6:21 PM · Dec 19, 2024
136 Views

(https://x.com/ituna4011/status/1869551120148021551)
Lily2@ituna4011
毎朝、目覚めのヨーガを22年、お昼にはラジオ体操を35年以上、今年8月半ばから夕方か夜に自衛隊体操を励行。 昨日、縄跳びの縄が届いた。小学校5,6年の時以来だが、日課に加えてみよう。一日3分から。場所探しが難。
10:11 AM · Dec 19, 2024
24 Views
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(https://x.com/ituna4011/status/1871374628800884845)
Lily2@ituna4011
令和5年と6年の防衛白書、結局、年内に読み切れなかった。 繰り返し出てくる抑止力に関して、日本を攻撃すると、とんでもないことになる、と相手に思わせる方法がある、という。 まさに、イスラエルがやってきたことだ。しかし、それでもしつこく攻撃をしかけられている。
10:57 AM · Dec 24, 2024
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(https://x.com/ituna4011/status/1871375697383698797)
Lily2@ituna4011
直球で二倍、三倍返しもいいが、日本の場合、それだけの余力があるかどうか? 隙を狙い、意表を突く作戦や戦略を考えておかなければならない。 一般国民の側としては、最低限、自衛隊のお荷物にならない備えをしたい。そのための勉強だ。
11:01 AM · Dec 24, 2024
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(https://x.com/ituna4011/status/1872160676216811728)
Lily2@ituna4011
【ガチ】元狙撃手が教える射撃の極意 【陸上自衛隊】 https://youtu.be/Sq6QBBX1YDg?si=F3Hxm3lAdu9YuwJE… via @YouTube
☚ 勉強になります。
3:01 PM · Dec 26, 2024
257 Views

(https://www.facebook.com/ikuko.tsunashima)
2025年1月7日投稿
x.com/ituna4011/status/1876558224180326873
Japanese Self -Defense Forces abolish buzz cut rule of new members https://youtu.be/bQkNUUogQ2c?si=YqVbwHn6VpeOG7Uk… via @YouTube
☚ エースさんのおっしゃる通りだが、身長5センチ下げやら何やら、隊員募集を増やすために、つまらん規制緩和ばかり議論しているらしい。
6:15 PM · Jan 7, 2025
。。。。。。。。
『日経新聞』(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA091DC0Z00C25A1000000/?fbclid)

「日本とマレーシア、対中念頭に安保で協力 首脳会談」
2025年1月10日

【クアラルンプール=今尾龍仁】石破茂首相は10日、マレーシアで同国のアンワル首相と1時間半会談した。南シナ海への進出を強める中国を念頭に、日・マレーシア共同の海上訓練を含む安全保障分野の協力を促進することで一致した。
マレーシアは2025年の東南アジア諸国連合(ASEAN)議長国を務める。石破首相は会談後の共同記者発表で「日本にとってASEANとの連携強化は最優先課題の一つだ」と述べた。
首脳会談でエネルギー政策や日本による人材育成の支援などを話し合った。半導体や航空機部品のサプライチェーン(供給網)強化を確認した。
両首脳はマレーシアが液化天然ガス(LNG)を日本に安定供給すると確かめた。日本が主導してアジアの脱炭素をめざす「アジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)」でも協力する。
マレーシアは東南アジアのなかでイスラム教徒が多い国として知られる。中東情勢を議題としてパレスチナ支援についても意見を交わした。
両首脳の会談は24年11月に続き2回目となる。石破首相は記者発表でマレーシア訪問が34年ぶりだと紹介し「めざましい発展ぶりに驚愕と感動を覚えた」と指摘した。
アンワル氏は「2国間外交の最初の訪問国としてくれたことに感謝している」と語った。記者発表後にアンワル氏主催の昼食会が開かれた。両氏は当初、別々に会場の首相公邸へ向かう予定だったが急きょ同じ車に乗って移動した。
両国は23年に「包括的・戦略的パートナーシップ」に関係を格上げした。石破首相は「今度はアンワル氏を日本にお迎えし信頼の醸成に努めたい」と呼びかけた。様々な機会を通して個人的な首脳間の関係構築をめざす。
日本はこれまで「政府安全保障能力強化支援(OSA)」を活用した救難艇の供与など海洋安保分野でマレーシアへの支援を続けてきた。24年2月には海上自衛隊とマレーシア海軍が初の共同訓練を実施した。
海上交通路(シーレーン)の要衝に位置するマレーシアとの海洋協力を通して、中国への接近を引き留める。

(2025年1月14日転載終)
…………
2025年1月15日追記

(https://www.facebook.com/ikuko.tsunashima)
2025年1月9日投稿

《日本は伝統的に東南アジアと関係が深い》
☚ 良くも悪くも関係がある。マレーシアのアンワル首相はイスラミスト。東南アジアには華僑の子孫が経済力を誇っている。中国との繋がりも切れていない。
どうする、日本?

(https://x.com/ituna4011/status/1871033021161431209)
Lily2@ituna4011
学会のeラーニング講座は、昨晩までに77%終了。小テストは全課満点。 来年1月からは、全く別の半年のネット講座を受講する。講師陣が素晴らしい方々で、実は私の読書路線と重なる。半年後には検定試験まである。 国民の側に戦略思考と世界の潮流知識が欠如したまま長年過ごしてきたため、講座開設。
12:20 PM · Dec 23, 2024
65 Views

(2025年1月15日転載終)
…………….
2025年2月6日追記

(https://x.com/ituna4011/status/1885160854125240408)
Lily2@ituna4011
“マモル”雑誌のクイズに応募したところ、自衛隊検定試験2025の2級に合格! しかし、なかなか手強い出題だった。100問中、93点しか取れず。しかし、満点 が三名いらした。
11:59 AM · Jan 31, 2025
26 Views
。。。。。。
このクイズは、本ブログの冒頭のツィートの応答である。

二つ目のツィートに関しては、防衛モニターとして随時報告書を姫路駐屯地にメールで送信したのが今年1月8日のこと。郵送は11日辺りに届いたようだ。
私のお世話をしてくださる広報陸曹氏は、「この様な報告書初めて頂きました。大変感謝いたします。早速、上司に報告させていただきます」と、絵文字入りで喜んでメールを送ってくださった。

(2025年2月6日記)
………….
2025年2月19日追記

「随時報告書」については、2024年12月2日に姫路駐屯地から郵送で書類が届いた夜、私なりに夢中になって下書きメモを大量に作成して、早速、文章を練り始めた。

翌日になって広報担当官から確認のお電話があった際、「定期報告は、昨晩すぐにインターネットから防衛省に送っておきました。ところで、随時報告書ってどなたが読まれるんですか?」と尋ねると、「師団ではないかなぁ」と。つまり、千僧駐屯地に置かれている、姫路駐屯地の上級部隊となる第三師団に送られるそうなのだ。
それならば、姫路駐屯地の広報課は担当者が目を通すにしても、記念行事等で複数回、足を踏み入れてお世話になってきた姫路の自衛官さん達には、私の熱意というのか、ささやかな観察や意見等が伝わらないままなのだろうか?

……ということが気になったので、「姫路の副連隊長さん達も読まれますか?」と聞いてみたところ、「上層部は…..」と口ごもり、「普通、ここの連隊長は読まないけれど、ユーリさんが言うなら、報告しておく」と。

所謂「上に上げます」という表現だが、階級制度とは、人間性や社会的位置づけの上下関係というよりは、責任と権限の範囲を明確に定めたもの、と考えた方が、よろずフラット化の方向性にある現代日本社会では、受け入れられやすいのではないだろうか?

なぜ「副連隊長さん」と申し出たかと言えば、2024年6月の防衛モニター委嘱式の際、名刺を頂戴した上で、記念写真をツーショットで撮っていただいた方だからだ。また、11月の記念行事では、先頭に立って大声を張り上げながら、きびきびと両手足を規則正しく振り上げて行進し、連隊を率いていらした凛々しい姿が非常に印象的だったからだ。
この時、WACと呼ばれる若い女性隊員も、明るい声を張り上げて式典の司会を担当されており、各部隊の責任者たるそれぞれの長の出身地と名前と階級をマイクで披露する。(従来から、千僧駐屯地や伊丹駐屯地の記念式典でお馴染みだったが、個人的な知り合いがいなかった時分には、あまりピンと来なかったのだ。)せっかく名刺までいただいたのに、駐屯地の責任者である方の背景を知らないままでいるのは、何とも失礼な話だ、と思った次第。

この時の映像から、姫路駐屯地の副連隊長さんは「二等陸佐で福岡県大野城市」の御出身らしい、ということがわかった。自衛官には九州と北海道の出身者が圧倒的に多い、と文献で読んだが(なるほど)と思わされる。

以前は姫路以外の地で、幹部教育課程のような「学校」に所属されていたようだ。
(注:陸上自衛隊は旧陸軍から伝統を継承している面が少なくない。防衛大学校も、学科のレベルとしてはれっきとした大学水準だが、呼称は「学校」である。2008年の歴史観‛騒動’で、航空幕僚長だった田母神俊雄氏が国会に呼ばれて証人喚問をされていた頃、「純真な子供達に、そんな歴史を‛学校’で教えて….」と民主党(当時)の国会議員にやっつけられていた映像を見たことがあるが、田母神氏は平然と落ち着き払って、「‛学校’と言っても、生徒は40代50代の佐官レベルですよ。充分に腹黒い」と言い返して、かえって議員を笑いものにしていた様子が浮き彫りとなった。)

閑話休題。それ以降、自衛官の家族会や防衛協会等の発行物を見て、式典で挨拶をされた記録等を見つけて、徐々に理解を進めていった。

それでも、2024年6月下旬、初めて姫路駐屯地を訪れた日は、今から振り返っても、実に強烈な経験だった。

しょっぱなから畏れ多くも壇上に座らされて、何も知らないままに、初対面の23名(だったと思う)自衛官候補生の修了式で、「本日はおめでとうございます」と、いきなり声掛けまでさせられたのだから、戸惑うのも無理はない。そして、いつの間にか、副連隊長さんや防衛協会の方々、ご家族等と一緒に、記念撮影まであったのだ。

防衛モニターの何たるかを全く理解せず、実に気楽に構えていた私には、青天の霹靂だった。他方、私の担当広報官氏は、最初からこまごまと説明し過ぎてモニターに辞退されても困ると思ったのかもしれない。とにかく、全てが初めてのことばかりで、びっくり仰天の連続だった。

7月の夏祭りの時には、広報室のある建物の入り口に、その時の記念写真が拡大されて麗々しく掲げられていた。(だが、11月の記念式典の際には、別の写真に入れ替わっていた。)

つまるところ、駐屯地モニターが1年なのに対し、防衛モニターは2年の任期だという理由が、何となくわかってきた。即ち、防衛モニターには機会を与えるので、それだけ理解を深めるように、という示唆なのだろう。ふうっ。

話は迂遠したが、そういうわけで、思い出深い副連隊長さんにもお目を通していただけるのか、と思ってしまったわけである。実際のところ、どのように報告書が処理されているのかは全くわからない。簡単な履歴書を姫路駐屯地に添付で送ったところ、数日後に、どういうわけか私の自宅ファックスに送り返されてきたことがあったのだ。発信元は千僧駐屯地だった。

謝礼も、まだ振り込まれていないし、特別職国家公務員の会計課が多忙な今の時期、恐らくは年度末まで待機中ということなのだと私は理解している。

(2025年2月19日追記終)

https://itunalily.hatenablog.com/entry/2024/11/11/073636

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金融機関の諸問題

日経新聞』(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO44667780R10C19A5NNE000/?fbclid)

「三菱UFJ、イスラム金融のデリバティブ提供 邦銀初」
2019年5月11日

【シンガポール=中野貴司】三菱UFJ銀行は邦銀として初めてイスラム金融にのっとったデリバティブ(金融派生商品)をマレーシアの電力大手に提供した。事実上の金利変動リスクを回避するデリバティブの需要は、金利の概念のないイスラム圏でも高まっており、現地企業向け取引の拡大を目指す。
今回提供したのは、変動金利の融資を固定金利のようにできる「金利スワップ」に近い取引。イスラム金融では銀行は商品売買の利ザヤ…
。。。。。。。。
(https://x.com/ituna4011/status/1260508417770192896)
Lily2@ituna4011
この頃は、コロナ対策で、3時に窓口を閉める郵便局がある。それはいいが、昨日、4時頃に近くを通ったら、中から甲高い笑い声が聞こえてきた。馬鹿もん!笑っている場合か?一心不乱に仕事をせよ。さもなくば、窓口を通常通りに開けよ。ここのゆうちょ銀行も態度が全く駄目だ。
6:53 PM · May 13, 2020
。。。。。。。
(https://x.com/ituna4011/status/1861637478916223390)
Lily2@ituna4011
但し、中には別姓賛成派だと勘違いする人もいますので、いつでも説明してきました。 困るのは大手銀行で、なぜマイナカードに二つも苗字があるのかと、わざわざ疑わしそうに若い行員が尋ねてきたことがありました。旧氏の意味を知らない方でした!
2:05 PM · Nov 27, 2024
43 Views
。。。。。。。
(https://x.com/ituna4011/status/1863472149190836421)
Lily2@ituna4011
最近の大手銀行は態度が悪い。
1. 自分なりに意味があって口座を分けたり、入金額を分割しているのに、一つにまとめろ、と勝手に指示して書類の書き直しをさせる。こちらが説明した通りにしない。
2. 自分のお金だから使い切るのも一方法、等と余計な話を振ってくる。貴女には関係ないことだ。
3:35 PM · Dec 2, 2024 
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(https://x.com/ituna4011/status/1863474484046696708)
Lily2@ituna4011
3. こちらが毎日忙しいと何度も言っているのに、わざわざ電話をかけてきたり、自宅まで押しかけてきたりする。用があれば、こちらから出向くし、今は大変忙しい、と断っても、せっかくいい商品を教えてあげようと思ったのに、と。
余程余裕がないか、社員教育が不足しているのか?
3:45 PM · Dec 2, 2024
14 Views
。。。。。。。
(https://www.facebook.com/ikuko.tsunashima)
2024年12月19日投稿

うちにもありました!
妹と飽きもせず、よく遊んでいました。「破産」や何やらで、都市銀行に勤務していた父から見ると、何ともおませな子供達だと思ったようです。
ところで、誰に買ってもらったのでしょうか?そして、いつの間にか処分され、目の前から消えていました……。まるで、我々の人生を予測するかのように?!
。。。。。。
(https://www.facebook.com/ikuko.tsunashima)
2024年12月27日投稿

お~、懐かしき東海銀行ではありませんか!
昭和時代が良かった理由は、今よりも人々に自由と活気があり、皆が前や上を向いて、それぞれの持ち場でひたむきに頑張っていたからです。
海外からも良いところは貪欲に学び取り、自分達流に工夫を凝らして、独自性を発揮していました。
道徳心や社会規範も、今よりずっと大らかでしたが、皆、当然のこととして守っていました。
女性達は夫や父や祖父を立てて、家族の健康と繁栄を祈りつつ、家事に育児に勤しみ、しっかりと家を守っていました。そのおかげで髪もつややか黒々、もち肌もしっとり、身のこなしも優雅で、今より遥かに幸福に暮らしていました。子供達も安心して、かわいい顔をして、すくすく元気に過ごしていました。
おしまい。

(2025年1月14日転載終)

https://itunalily.hatenablog.com/entry/2024/11/11/073636

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兵庫県の斎藤元彦知事その後

(https://www.facebook.com/ikuko.tsunashima)
2025年1月14日投稿

☚ 斎藤知事さんは、かわいい顔をされています。
初詣の後、80代の知り合いの女性達にそう言ったら、いい雰囲気になりました。
☚ 素直で真っ直ぐな、新しいタイプのリーダーですね?
。。。。。。。。
(https://x.com/ituna4011/status/1863434575458050197)
Lily2@ituna4011
斎藤元彦・兵庫県知事とPR会社代表に告発状 公職選挙法違反容疑 – 日本経済新聞 https://nikkei.com/article/DGXZQOUF012R70R01C24A2000000/…
← 鬱陶しい話。有権者は多忙。
1:06 PM · Dec 2, 2024
194 Views
。。。。。。。。
日経新聞』(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF250U10V21C24A2000000/?n_cid=NMAIL007_20241225_Y)

「兵庫知事「元局長処分は適切」 百条委の最終尋問で主張」
2024年12月25日

兵庫県の斎藤元彦知事がパワハラ疑惑などを内部告発された問題を巡り、県議会調査特別委員会(百条委員会)は25日、斎藤氏と片山安孝元副知事の証人尋問を実施した。斎藤氏は告発文書をつくった元西播磨県民局長=7月に死亡=の懲戒処分や公益通報者保護制度の運用を巡り「適切だった」との主張を繰り返した。
斎藤氏の尋問は8月30日、9月6日に続き3回目。11月の知事選を挟んでおよそ3カ月ぶりだ。百条委は2025年2月に調査報告書を取りまとめる方針で、これが最後の尋問になる見通し。処分時期などを巡る職員らの証言との食い違いは残ったままだった。

「『風向きを変えたい』という発言をしたことは全くない」。斎藤氏は告発文書を作成した元県民局長の処分の経緯に関して問われ答えた。
井ノ本知明元総務部長が県の公益通報の調査結果を待つよう斎藤氏に進言したが「知事から『風向きを変えたい』と意見があり、処分日を何回か協議した」と証言していた。

元県民局長は3月に斎藤氏のパワハラ疑惑などを告発する文書を作成。県議や一部の報道機関に配り、4月にほぼ同じ項目を公益通報窓口に内部告発した。斎藤氏らは元県民局長が文書の作成者と特定し、5月に停職3カ月の懲戒処分にした。
専門家からは、告発された当人である知事や側近が文書の作成者を捜したことを問題視する指摘もある。参考人として出席した結城大輔弁護士は25日「報道機関などへの外部通報であっても、通報者捜しや不利益な取り扱いはあってはならない」との見解を示した。

斎藤氏は「誹謗中傷性の高い文書だ」と改めて強調した。消費者庁は対象者の信用を失墜させるなど「不正の目的」がある場合は公益通報に当たらないとの見解を示す。7月に辞職した片山氏も証言に立ち、文書は「不正の目的だ」と主張した。
委員の1人は元県民局長の公用パソコンに怪文書の配布や知事周辺の分断を画策するような記載があったと指摘した。斎藤氏は「『クーデター』という言葉が出ているのも、3月25日あたりに報告を受けた。職員同士を分断するようなことは県政の土台を揺るがしかねない」と説明した。

パワハラ疑惑に関する認識もすれ違ったままだった。

文書は出張先の施設のエントランスから20メートル手前で車から降ろされたことに対し職員を「怒鳴り散らした」などの事例が指摘されている。その場にいた県幹部は「理不尽な叱責を受けたと感じている」と証言している。
斎藤氏は「業務上必要な範囲で指導や注意をしたことはある。時には厳しく強くさせていただいたこともあるが、ハラスメントに認定されるかどうかは最終的には司法の場の判断になる」と主張した。

片山氏は政治資金パーティー券を販売したとされる疑惑に関する質疑で「斎藤氏からパーティーを開きたいので名簿集めを手伝ってくれないかと言われ、当時の信用保証協会理事長らに手伝いを依頼した」と証言した。元理事長は企業関係者らに信用保証協会の名刺を渡していたが「あくまでボランティアとして活動しようと話していた」と述べた。
プロ野球の阪神・オリックスの優勝パレードの寄付金集めで、補助金を増額し募金として還流させたとの疑惑については「パレードを担当する事務局からお金が足りないと言われ、最も地域振興に理解あるところにできるだけの額をお願いしたが、補助金の話はしていない」と否定した。

百条委は虚偽証言など実態解明を妨げる行為に刑事罰を科すことができ、強力な権限は地方議会にとって「伝家の宝刀」とも呼ばれる。兵庫県議会の百条委はSNSで異例の注目を集め、厳しい視線も向けられている。難しい環境下で議会の力が試される局面と言えそうだ。

(2025年1月14日転載終)
…………….
2025年1月20日追記

(https://news.yahoo.co.jp/articles/9b464a708b35bdc51a8f9c0a45f09554259d3c7b)

「斎藤兵庫県知事追及の元県議死去 百条委委員、中傷受け辞職」
2025年1月19日

 斎藤元彦兵庫県知事の疑惑告発文書問題を厳しく追及し、インターネット上で誹謗中傷を受けたことを理由に県議を辞職した竹内英明氏(50)が死去したことが19日、関係者への取材で分かった。関係者によると、18日夜、姫路市の自宅で家族が異変に気付き救急搬送を要請。死亡が確認された。

 竹内氏は県議会会派「ひょうご県民連合」に所属し、県議会調査特別委員会(百条委)の委員を務めていた。昨年11月の知事選期間中に中傷が過熱したことを受け、17日の投開票後の18日に議員辞職した。  
 選挙戦では、斎藤氏を応援する目的で立候補した政治団体「NHKから国民を守る党」党首立花孝志氏が、竹内氏を含む委員に関する情報などを街頭やネット上で発信。県民連合幹部によると、立花氏が交流サイト(SNS)上で竹内氏の自宅に行くと予告したり、デマ情報を流したりして生活が脅かされ、家族を守るために辞職を決断したとの説明を受けていた。

(2025年1月20日転載終)

https://itunalily.hatenablog.com/entry/2024/11/11/073636

……………
2025年3月1日追記

(https://x.com/ituna4011/status/1887797801700245516)
Lily2@ituna4011
兵庫県・斎藤元彦知事が会見 検察や警察がPR会社など関係先を捜索 兵庫県知事選のSNS運用めぐる公選法違反疑い〈カンテレNEWS〉 https://youtu.be/54MOEIQSWko?si=xIfAETShsnQWjmrh… via @YouTube
6:37 PM · Feb 7, 2025
326 Views

(https://x.com/ituna4011/status/1887801796460253202)
Lily2@ituna4011
いつ見ても、かわいい顔をされています。
6:53 PM · Feb 7, 2025
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(https://x.com/ituna4011/status/1894337593179083131)
Lily2@ituna4011
やっぱり兵庫県知事はかわいい顔をされていると思います。
7:44 PM · Feb 25, 2025

(2025年3月1日転載終)
…………….
2025年3月27日追記

(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF2022V0Q5A120C2000000/?n_cid=NMAIL007_20250120_H)

「兵庫県警、死亡の元県議「逮捕間近」とのSNS情報を否定」
2025年1月20日

兵庫県の斎藤元彦知事の疑惑告発文書問題を追及し、インターネット上で誹謗中傷を受けたことを理由に県議を辞職した竹内英明氏が死亡したことに関し、竹内氏が「県警の任意聴取を受けていた」「逮捕が間近だった」とするSNS上の真偽不明の情報について、複数の県警関係者が20日、明確に否定した。
斎藤氏は同日、記者団に「大変ショックを受けており、心からお悔やみ申し上げる」と述べた。
竹内氏は県議会調査特別委員会(百条委)の委員を務めていたが、昨年11月の知事選期間中に中傷が過熱したことを受け、同月17日の投開票翌日に議員辞職した。
選挙戦では、斎藤氏を応援する目的で立候補した政治団体「NHKから国民を守る党」党首の立花孝志氏が、竹内氏を含む委員に関する情報などを街頭やネット上で発信。真偽不明の情報が拡散された。
立花氏は19日に竹内氏の死亡が報じられた後、ユーチューブで「(竹内氏は)逮捕されるのが怖くて自ら命を絶った」などと発信。X(旧ツイッター)でも同様の投稿をしていたが、20日未明までに投稿を削除した。
斎藤氏は立花氏の一連の発信について「詳細は見ていない。SNSは理性的に運用するのが大事だ」とした。〔共同〕

(2025年3月27日転載終)

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還暦:乙巳の蛇年

明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

令和7年に入り、早くも二週間が経とうとしています。今日は成人の日(旧:成人式)で三連休でしたが、新年のご挨拶が遅れた理由は、お年賀状!
そうなんです。今年は張り切って凝ったデザインを送ったのですが、数名の方から「お年賀状はこれにて失礼」のご挨拶をいただき、がっかりしておりました。それに加えて、先週末までお年賀状が届いていたのでした。

郵便料金が63円から110円と一気に値上がりした上に、郵便配達が非常にスローになったこと(元旦には午前10時頃までには例年届いていたはずなのに、今年は午後3時にようやく受け取りました)、還暦を超えてお年賀状を書くのも出すのも億劫になったのでという風潮に入ったこと、等が気になった点でしょうか?

但し、私自身は、20代の頃にお世話になっていた先生方の大半が、90代に入っても律儀にお年賀状を出されるタイプだったので、恩師に見習い、出来る限り継続する心づもりではおります。
人によっては、LINEやメールで新年のご挨拶という切り替えをされているとは思いますが、私はLINEをしません。情報漏洩が嫌だからです。

ということで、恒例行事については無理なく継続、です。
。。。。。。。。。
今年は暦の上で還暦。乙巳の蛇年です。12歳、24歳、36歳、48歳を経て、一周しました。

ざっと振り返ると、12歳の時は小学校6年生で、クラスメートから「今年はへび年。私達の年です」と書かれたお年賀状をいただいたことが、今も記憶に鮮明です。彼女、今はどこでどうしているかしら?

24歳の時は、大学院が終了して、マレーシア勤務の年。初めての海外勤務でしたが、今考えても絶好調のベストタイミングでした。あの頃は、(このまま真面目にやっていけば、何とかなりそう)という楽天的な風潮が当たり前のように蔓延していました。ご多分に漏れず、私もそのように思っていました。

36歳には、結婚していたものの、主人が若年性神経難病の診断を受けて、(この先どうしようか)と、迷いの絶えない日々でした。但し、症状は軽く、言わなければ難病患者だとは誰にもわからなかった頃です。アメリカ出張もしていた主人でした。

48歳になると、人生達観とまではいかなくとも、現状維持をひたすら願いつつ、できることをできるうちに前倒しで済ませようと、二人とも必死になって生活していました。当時はダニエル・パイプス博士から依頼された翻訳作業に夢中で、あの仕事があればこそ、一本筋道の通った思考がもたらされ、同時に視野が著しく広がり、アメリカやイスラエルや西欧三ヶ国への旅団にも参加できたのでした。主人の病状は軽度ながらも徐々に進行していましたが、それでも会社に通い続け、家では私のことを全面的に応援、支援し、パイプス訳業を強力に推してくれました。

そして今。満年齢では50代ですが、意識は40代のまま。

昨年は、思いがけず修論に合格でき、毎月のZOOMゼミからも解放され、新たに始まったモニター活動(特に防衛モニターと不動産モニター)や通信教育や放送大学の再入学等、非常に充実した年となりました。着物も本当に久しぶりに二度も着るチャンスができました。ついでながら、即席勉強だったのに、きもの文化検定にまで合格でき、忙しかったけれども、我ながら抜かりなく、といった感じでしょうか。
。。。。。。。。。
ウェブ上で見つけた蛇年生まれの占いです。復活と再生の年だと言われますが、結構、私に合っているので部分抜粋します。特に、蠍座のA型という点にも注目を。

【巳年の性格や特徴】

・蛇は、狙った獲物に巻きつき、時間をかけて捕食するというスタイルから、執着心が強い動物だと言われている。巳年生まれの人は執着心が強く、一度決めたら結果が出るまでひたすらやり続ける粘り強さを持っている。実は常に冷静沈着。頭の回転も速く、臨機応変に動く。蛇は知恵の象徴でもあり、頭脳明晰で賢明。

・どんなに大きなトラブルが起こっても淡々と処理できるのでとても頼りがいがあり、周囲から見ると動じない様子が冷淡に映ることもある。実は内心は心配性で、すぐに他人に心を開くことができない。用心深さゆえに、いらない苦労を背負い込んだり、悩んだりする。

・コミュニケーション能力は高いので普通に話しているように見えるが、自分の発言には常に注意を払っている。一見クールに見えるが、実は情熱的で心の内に激しい感情を抱いている。

・仕事運は、巳年の性質である執着心や粘り強さを活かし、その道を究めると成功へと近づく。一つのことを追求することで、その分野では右に出る者がいないほどの知識と技術を手に入れることができる。もともと勉強熱心で凝り性のため、その道のスペシャリストと呼ばれる人も多い。好奇心旺盛で、常に興味がある物事の情報収集をしているため、仕事でわからないことがあれば、たいてい解決。

・金運は、大変恵まれている。「巳年はお金に困らない」という言葉もある。

・蛇は復活する様から繁栄の象徴として世界中で崇められている。七福神の一人弁財天と、「頭は弁財天・体は蛇」の宇賀神が中世で習合したことから、蛇は金運上昇の象徴に。蛇柄の財布は金運を上げる。

・慎重な性格のため、お金も堅実に使う。若い頃から将来を見据え、いざという時のためにせっせと貯蓄に励む。節約も苦にならず、少しでも安い値段で買えるところが好き。物持ちもよく、子供の頃から使っている用品があったり、何年もお気に入りの服を着ている人も多い。

・現実的な価値観を持っているが、一方で高い理想を持っている。気に入ったものは、最高の品質物で揃えたい傾向がある。高価なものを買っても何でも長く使うため、結果的に経済的な使い方になる。金運が良く、コツコツと貯蓄にも励むため、老後も安泰。

・才能と運勢に恵まれた類まれなタイプ。目標達成まで諦めない粘り強さも相俟って、成功する人が多い。

(抜粋終)
。。。。。。。。。
ということで、無理をしないようマイペースに努めながら、前年の延長線上に、小さな新しい目標を付け加えて、より充実した一年にしたいと思っています。

1.防衛モニター二年目(委嘱期間は2026年3月まで)

防衛モニターの活動については、報告書を書いて年明けに姫路駐屯地に送りました。

葉書で応募したことをすっかり忘れていた昨年の今頃になって、突然、お電話で採用候補のお話をいただいてからは、無我夢中で自衛隊のことばかり考えて過ごしてきた感じです。

自分の国のことなのに、駐屯地が国内に幾つあるかも知らなかった私が、A4用紙5枚にレポートが書けるぐらいまでに成長したのです!お世話係の自衛官氏も「このような報告書は初めてだ。上司に報告します」と、喜んでくださいました。

どうやら私、防衛モニターや駐屯地モニター諸氏の中では、最初から珍しく目立った存在のようなのです。こちらとしては、あらぬ疑いをかけられないよう、公明正大を期していただけのつもりだったのですが。

昨年8月中旬から始めた自衛隊体操も、相変わらず継続しています。お蔭様で気持ちが晴れ晴れとし、背筋もピンと伸びて来たように思います。駐屯地内が常に規律正しく整然としている様子に感化を受け、若い頃からずっと、考え過ぎて優柔不断なところがあった私も、この頃では時間軸に沿ってルーティーン行動するようになり、整理整頓や掃除に力が入るようになってきました。

これも防衛モニターに採用されたお蔭です!ありがとうございます。

2.不動産モニターは、もしかしたら今年も継続していけるかもしれませんが、3月の会合の後、今後が確定するでしょう。水道モニターはこれにて終了(お疲れさまでした)。今は、市バスモニターを2月末まで、残り10回分のレポートを入力するだけです。

3.修士修了後に再入学した放送大学について、昨年度は前期8科目(学部6科目・院2科目)と後期7科目(学部5科目・院2科目)を履修しました。

今月下旬から一週間、後期の単位認定試験があります。いずれにせよ、修論の補充科目と二十代の頃にやっていた勉強の応用展開のようなものばかりで、意義は充分にありました。昨年秋の学会発表や学会入会に際して、この所属が役立ちました。

来年度の科目登録は既に済ませています。前期5科目(学部4科目・院1科目)にしましたが、科目数が減ったのは、2025年度新規開講を計4科目含むためでもあります。つまり、中間試験や単位認定試験用の過去問がないので、これまで以上にしっかりと印刷教材の復習をしなければなりません。そのための時間確保と、下記に述べる新たな課題が始まったためです。

4.通信教育については、旧約学とNHK古文書コース(入門レベル)の継続に加え、新たに一般社団法人MSフォーラムという軍事戦略講座を始めることになりました。

実は、旧約講座は12月までの年8回で〆となっており、三年目は終了。4月からは四年目に入ります。

古文書コースは、テキスト二冊の大半を読み終わりましたが、課題の提出が遅れています。伊丹市の古文書クラスでご一緒の方に尋ねてみると、「遅れても出せばいいんじゃない?」とのことで、受講料を払った以上は、しらっと投函するつもりです。

MSフォーラムには検定試験もあり、講師陣がなかなかのツワモノ揃い。既に二回目のテキストが配信されていて、予習は済ませました。私にとっては、これまで積み重ねてきた読書の知識を体系化できる機会として捉えております。防衛モニターの報告書にも、ちゃっかり活動リストに書き添えました。

5.音楽については、防衛モニターの特典で、今月と3月の演奏会(西宮と伊丹)の出席が決まっております。また、3月の伊丹フィルは、既にチケット購入済です。

その他にも、5月や11月あたり、いい演奏会を見つけて、大阪や兵庫や京都等のコンサートホールに行ければと思います。(自宅にあるCDを一枚ずつ聴く日課は、最近では以前ほど几帳面に時間が割けなくなりましたが、それだけ、飢えが満たされたとも考えられます。)

6.伊丹市保健医療推進協議会の委員二年目(委嘱期間は9月30日まで)

こちらは、昨年新たに「食育部門」にも任命され、11月から12月にかけては会議出席が目白押しでした。秋以降はどうなるかわかりません。「再任を妨げない」とありましたが、それは市民委員のことではなく、病院長や医師会の方々ではないだろうかとも思います。一応、修士論文の合格と学会発表の経過は職員の方にも報告してありますので、新規採用が原則でなければ、もしかしたら継続することになるのかもしれません。

会合の開かれる保健センターが自宅から徒歩数分の場所なので、私にとっては馴染み深く、ありがたい限りです。

7.博物館友の会の例会および古文書研修と古文書整理(ボランティア活動)(それぞれ月一回)

2020年6月に入会した時のN会長さんが昨年、ご病気で亡くなられ、今は繋ぎ状態です。私が伊丹に親しみを感じ、年齢の割に意外な程すんなりと溶け込めたのも、旧博物館が自宅近くにあったことと、N会長さんの細やかで積極的なお心遣いのお蔭でした。

『友の会だより』という会報にも何度か拙稿を掲載していただき、N会長さんの采配で、マレーシアに関する研究発表も二回させていただきました。

ただ、2023年夏から冬にかけて修論作成のために半年程お休みをしていた間に、会の状況が急変してしまい、4月からは新たな会長さんが立つ予定です。私にとっては、とりあえず果たすべき役割が一通り済ませられた後だったので、タイミングとしては出来過ぎな程でした。古文書の方は、気楽に気長にやっていきます。

8.伊丹市立ミュージアムの鬼貫クラス(四年目)

いつの間にか、こんなに時間が過ぎていたのですね。出席メンバーは、一人辞めて、新たに一人入られた方がいて、月一度、一時間半、こじんまりと和やかな雰囲気で進んでいっています。くずし字を読む練習は終わり、鬼貫の俳諧論を読んで、皆でがやがやと自由に談話する形式になっています。

9.京都古代学協会の講座(二年目)

桓武朝について、京都府向日市の大極殿を発掘された三重大学名誉教授の山中章先生から、瓦や木簡のお話、京都と奈良の都と長岡京の相違や共通項等を詳しく教えていただいています。向日町にあった大極殿の街歩きも、春頃にありそうです。

10.検定試験について

「神社神道」「茶道文化」「京都文化」「きもの文化検定」、今年も頑張りますよ。

きもの文化検定は、隣市のCBT式で一つ上の級を受験しようかと思っています。紙媒体の会場試験は毎年11月のようですが、CBT式は毎月あるので、時間をこじ開けてでもやってみる価値はあります。

その他三つは、2017年に国風文化に先祖返りした頃から指定教材を購入して、細々と続けているものです(https://itunalily.hatenablog.com/entry/20170729)。たかが検定、されど検定、でなかなか手強いです。手を広げ過ぎなのかもしれませんが、相互に関連している分野でもあり、悩ましいところです。

11.適塾記念会(四年目)

参加できる催しには極力、出席を心掛けています。

案外なところに案外な話が転がっているもので、阪大病院で我が家がお世話になっていた神経内科の主任教授は大阪に来られて14年、適塾記念会の名簿にお名前を見つけました。その望月秀樹教授に昨年12月上旬、大阪での患者会の時に製本した修論をお渡ししたところ、今年5月に大阪で開催の学会で緒方洪庵の講演をされるとおっしゃり、「僕は構わないんだけどね」と、参加を暗に促してくださったのです。尤も、参加要件を満たすべく、必要な手続きは既に開始しております。

12. 所属学会

二十代後半から継続しているマレーシア研究に関しては、東南アジア学会、キリスト教史学会、マレーシア学会(JAMS)、京都ユダヤ思想学会の4つに所属しております。2018年3月までは、毎年最低でも一回は口頭発表するようにしてきましたが、その後の伊丹への転居や主人の病状悪化に伴い、ずっと休んでおります。後は、資料整理をして論文を少しずつまとめていくことですね。

そして、昨秋から新たに入会した難病医療ネットワーク学会。これは、上述の望月秀樹教授が立ち上げられた学会で、修士全科課程に合格する前の2021年秋頃から、ホームページを見てファイルを作成していました。昨年10月13日に、正式にPDコングレス学会でのポスター発表を済ませたので、晴れて入会手続きを取りました。eラーニングの66課分は、年末までに完了。小テストは全回、満点ばかりでした。(私の場合、経験が先立っていたので、知識の整理の助けになりました。放送大学の講義やオンライン授業ともかなり連携しており、私の修論とも重なっていました!)

この年齢になれば、就職目的ではなくなります。私の貯金と主人が残してくれた蓄えと遺族年金で、勉強に関しては惜しみなくやっていけます(☚ 蛇年生まれだし)。もともと主人は、最初に出会った日からずっと「勉強する女性が好きだ」と言い続けていました。学会や研究会での発表や、論文を作成することは、主人が今でも喜んでいることと私は信じています。というよりも、主人が望む方向性で生きていたいと願っているのです。それが、私なりの慰霊の旅だと考えるからです。

視力等の健康面に気を付けて、私なりに論文が少しずつ提出できればと思っています。

結局のところ、二つの研究テーマを持つことになり、欲張りと言えば欲張り、大変と言えば大変ですが、どちらも経験が先立っており、資料も充分揃っているので、特に困難ではありません。目標としては、主人の分と合わせて、二つの最終学位論文です。(ここで打ち明けると、昨春の二つ目の修士号授与式では色無地を着たので、次の学位授与式には、格を上げて訪問着を考えています。)

最大の問題は、適切な良い指導者を見つけることです。

13.健康管理

年に一度の特定健診(1月)、半年に一度の眼科検診と歯科検診の継続。すっかり、伊丹でのかかりつけ医になってくださいました。
新たに追加されたのが、半年に一度の耳鼻科検診(☚ NEW!)。病気なのではなく、単に「耳掃除に来て」とドクターに言われたからです。

2023年夏から始めた、ゆで卵一つ(塩少々)にフルーツ缶詰で作った自家製ゼリーの朝食は、慣れてみるとなかなか調子がいいです。

それに、2016年初め頃から始めた「こもジュース」こと自家製フレッシュジュース(https://itunalily.hatenablog.com/entries/2016/03/16)(https://itunalily.hatenablog.com/entry/20171023)も、以前ほどきっちり毎朝、というわけにはいかなくなったものの、今も励行しています。
このジュースは、四年半ぐらい、毎朝ミキサーで作っては、主人と二人で分けて飲んでいたのですが、地震や災害発生等が心配されている昨今、神経難病でどんどん体が動きにくくなっていた主人にとっての最低限の命綱。苦肉の策として必死でした。

このジュースは、保健師さんや管理栄養士さんからも、びっくりされたり褒められたりしました。必要最低限の栄養が過不足なく、数分で簡単に摂取できるからです。
最近では、お昼でも夕食後でも、自分が欲した時に作って飲んでいます。その代わり、主人の分と合わせて二杯になっていますが。
歳を取ると、特に冬場は肌が乾燥しやすくなり、背中が痒くなったりしますが、このジュースを飲むと、不思議なように痒みが止まり、集中力や持久力も高まるので、やはり効果があるのだろうと思います。

小豆を混ぜて炊く玄米ご飯は、今も続けています。冬場は特に、お鍋にお出汁4種(昆布、ワカメ、鰹節、いりこの粉末)を入れ、味噌煮込みやリゾットを作ると、朝から温まります。お野菜も残り物で間に合うし、生姜とニンニクを入れると、体が内面からジンジンとし、血行もよくなるように感じます。

日課としては、目覚めのヨーガ(早くも22年以上になります!)に体幹を鍛える体操を加え、英雄のポーズ(左右各20秒ずつ)と木のポーズ(左右各30秒ずつ)で〆とします。正午にはラジオ体操、夕方には自衛隊体操をします。後は、極力歩くか、自転車での移動です。昨年末に買った縄跳びは、場所探しのために目下ペンディングです。

目安として、あと20年はこの調子でいきたいですね。主人の分も学位論文を試みるならば、とにかく健康維持が肝心。式典で着物を着たいなら、余計に健康でなければなりません。

14.お墓参り

月命日(伊丹市の臂岡天満宮)+ 春のお彼岸のお墓参り(名古屋市の平和公園)+ 主人の実家(東大阪)の年四回のお墓参りは、従来通り継続。

岡山県真庭市の主人の母方実家のお墓参りには、一昨年と昨年は行けませんでした。行ける時に行っておく、これは重要なティップスですね。

【まとめ】

盛りだくさんのように見えますが、実は昨年からの継続が中心です。外の仕事を持っていないので、疲れたら休むという融通が利く生活で、気楽と言えば気楽です。但し、それでは自己中心的な暮らしになりかねないため、規律正しくするためにも、上述のような計画を立てているわけです。

久しぶりのブログ書きとなりました。これからも、御愛顧の程、どうぞよろしくお願いいたします。

(2025年1月13日記)
……………..
2025年1月14日追記

(nihoncha-salon.com/others/explanation-of-what-year-2025-will-be-for-otomi/)

【乙巳の年とは】

西暦年を60で割って45が余る年。歴史的には、645年、1905年、1965年、2025年などが乙巳の年に該当。
2025年は成長と結実の時期となる可能性が高い。「乙」は成長途中の状態を表し、「巳」は植物が最大限まで成長した状態。この組み合わせは、これまでの努力や準備が実を結び始める時期を示唆。

年内には具体的な成果が現れ始め、中には大きな結果を手にする人もいる。すぐに結果が出なくても、焦らず粘り強く取り組む姿勢が重要。

乙(きのと)は、十干の2番目で「軋(きしむ)」を意味。陰陽五行説では木の陰のエネルギーを表し、植物が成長し広がっていくような意味合い。柔軟性や協調性を象徴し、周囲との調和を保ちながら自身の目標に向かって進んでいく力。
巳(み)は、十二支の6番目で、蛇。古来より豊穣や金運を司る神様として祀られてきた。たくましい生命力があり、脱皮をするたびに表面の傷が治癒していくことから、医療、治療、再生のシンボル。

【乙巳生まれの人の共通特徴】

乙巳生まれの人は、周囲との調和を大切にする努力家。情が深く、お人よしな面があり、人々に対して思いやりのある態度。ストレートな性格で勝気な一面も持ち合わせており、率直さが仇となり誤解を招くことも。誠実さと努力家の精神は、長期的に見ると周囲から高く評価される。

【乙巳生まれの女性】

自己表現のバランス:他者との調和を重視するあまり、自己主張が控えめになる。自己表現のバランスを取ることが、充実した人間関係の鍵。
エネルギッシュ:人を惹きつける魅力を持ち、団体行動では自然と中心的な存在になることが多い。優しさとオシャレさを兼ね備えている。

(以上)

https://itunalily.hatenablog.com/entry/2024/11/11/073636

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一足先に今年の総括を

まだ大晦日の大祓までには数日残されているが、書けるうちに簡略ながらも今年の総括を。

5月から6月にかけて、そして、11月から12月にかけて、‛Lily’s Room(Part2)’には、タイトルのみで空白のままか、書きかけて中断しているブログ項目が幾つかある。ワードに下書きやメモが集めてあるが、なかなか文章化までに至っていない。ひょっとしたら来年に補充することになりそうだが、御海容を。
。。。。。。。。。
今年は暦の上では還暦を迎えた。初産の逆子で死産覚悟だった末に生まれたこの私が、なんと還暦!意識の上では、まだ40代のつもりで暮らしているのに….。

今年3月で放送大学大学院の修士課程全科生が終わった。この放送大学は、いろいろな意味で私の人生にとって一つの転機となっている。

形の上では修了したものの、これでは到底まだ勉強が足りないと痛感していたので、思い切って再入学。院で補充科目を履修し、学部にも新規入学。結果的に、1980年代半ばの二十代の頃に名古屋の大学で履修していた分野の拡大復習・応用発展のような科目を勉強している。院と学部を合わせて、今年の前期は計8科目の単位を取得し、後期は計7科目、今も受講中である。

何だか笑い話のようだが、ほんとだよ。光陰矢の如し。少女学成り難し。
。。。。。。。。。
昨年12月半ばに、締切日の時間ギリギリになってしまい、自宅プリンターが何度も止まり、形だけ修論を提出。当然、あと一年やるつもりで、今年1月8日には、千葉県の放送大学本部を初めて訪れ、図書館の二階の大会議室で口頭試問。本来、同じゼミ生の口頭試問は、前日の1月7日に千葉学習センターで設定されていたが、その日は月命日のために、無理を言って一日ずらしていただいた。

それはそうと、今年は元旦初日から能登半島での大地震発生。それに引き続き、緊急支援するはずであった海保機が羽田空港で炎上。幸先が悪いとはこのこと、今でも胸が痛む事故だ。犠牲となられた方々全てに哀悼を捧げたい。

そのこともあり、1月7日には恒例の月命日のお詣りに、早朝から市内の天満宮様(臂岡天満宮)へタクシーで。ここは、菅原道真公が讒言により流刑にあった際、途中で肘を枕にお休みされた縁の地だとのことで、「学問の神様」として人気が高い。

翌日の午前中、看護師さん中心の別のゼミ生と一緒に大会議室に入り、一番目に口頭試問となった。主査と副査の教授のために、当日、放送大学セミナーハウス近くのコンビニでパワーポイントの紙印刷をした。結構時間のかかるもので、何度も往復。パワポそのものはメモリーに転写して持参したが、その設置は指導教授がしてくださった。

投げやり気分で思いっきり言いたいことを言わせてもらった口頭試問。途中、指導教授から怒鳴られたけれども、へっちゃら。だって、もう一年やるんだもん。

昔からそうだったが、こういう時になると俄然、気が強くなる私だった。

うれしいことに、何と同じゼミ生の同期一人と後輩一人が、わざわざ応援に駆けつけてくれた。ZOOMゼミとは印象が異なり、「放送大学の人って、すぐに打ち解けられるところがいいよね」「そりゃそうですよ。大人になってから勉強しようと、わざわざ自腹切って入学するぐらいですもん。人生に対する姿勢に共通項がありますよ」等と話が弾んだ。

終了後は附属図書館に立ち寄り、気になる文献のコピーを取ったり、メモを取ったりして過ごした。本当は、副査の教授から「せっかくですからご一緒に」と、打ち上げ会食に誘われていたのだが、落ちること覚悟で後一年やる気満々の私が、まさかお誘いに乗るはずがない。懇親会に出席した挙げ句、「不合格でした」と通知が届いたら、目も当てられない。

…..ということで丁重にお断りして、一人で気楽にのんびり過ごしたのだった。
。。。。。。。。
2月。兵庫県警察音楽隊の演奏会に行ったことがきっかけで、演奏曲目の一つだったゴダイゴに、まるで火がついたように夢中になり、気持ちが中学時代に戻った。これは非常に大切な経験で、若返りのコツとは、無理矢理な活動をせず、ただ自分が実際に若かった時分、流行していた楽しかった出来事に浸ることだ、と会得。

そうこうするうちに、下旬になって合格通知が届いた。最初は何のことやらわからず、本部まで電話をかけて「あの、あと一年やるって指導教授にも申し上げたんですけど」と問うと、職員の女性がいらいらした様子で、「一旦合格となったものを取り消すことはできません」。

ふと、主人の母から譲られた着物を着て行くことを思い立ち、それからが新展開。3月下旬まで一ヶ月を切る直前になって、市内の呉服屋さんを訪ね、洗い張りから小物揃えから、東京の会場近くの美容院の予約まで、半ば茫然としながらも準備を進めて行った。
。。。。。。。。。
3月下旬に東京の新宿を会場とする学位授与式に参列。結構な年齢の方々が学部を卒業して嬉々とされている様子を眺めながら、本当に社会勉強になった。私は34年ぶりにダブル修士となったので、着物以外に目新しいことは何もなかったが、このように家族総出で喜んでいる姿には、しみじみと感じ入るものがあった。大人になってからの大学入学の場合、仕事の調整や介護や育児等、生活の負担がかかり、なかなか卒業までに至れないのだそうだ。中には、途中で癌になったりして、泣く泣く退学する方もいるらしい。

そうしてみると、若い時期に高校を出てそのまま進学し、当たり前のように勉強できた自分が何と恵まれていたことか、と改めて思うことである。そのありがたみを噛みしめつつ、しっかりと前進していかなければ申し訳が立たない。
。。。。。。。。
4月7日には主人の五年祭。お看取りしていただいた川西市の協立病院(今は統合で消滅している)の3階観察室で、その日の午前中、最期に声掛けをした時に約束した「二つ目の学位」がかなったのだった。自分ではあと一年のつもりであっても、やはり道真公のご神徳には甚大なるものがあり、なすべきことはきちんとしておかなければと思った次第である。

5月には防衛モニターの初仕事として、千僧駐屯地へ。防衛モニターの採用仮通知も、口頭試問から帰った日の夜、自宅の留守番電話が点灯していたのがきっかけだった。姫路駐屯地の広報官さんの「明日から能登なんですよ」の一言に、まるで以前からの知り合いのような気がした。

この頃から、防衛白書や防衛ハンドブックを読み始め、You Tubeで元自衛官数名の発信にびっくり仰天しつつ学ぶ日々に。防衛省から『朝雲新聞』が毎週送られてきて、これまた驚愕の内容。重苦しい気分だったが、新たに一つここで着物を新調することにして、気合を入れた。

6月上旬には、下鴨神社で着物を着てお茶会。そして、中旬には姫路駐屯地で防衛モニターの委嘱式。本来ならば4月初旬の予定だったが、2月に二つの先約を入れてしまったため、遅れたのだ。初めて現役バリバリの凛々しい自衛官諸氏に囲まれ、緊張するやら感動するやら。それまでに疑問に感じていた自衛隊の事柄について、ストレートに質問攻めにしたが、一曹氏は澱みなく何でも気さくに答えてくださった。
。。。。。。。。。
7月から8月にかけては、猛暑に次ぐ猛暑。ぐったりしながらも、古代学の講座を受けに月一度、京都へ。また、今年から始まった不動産モニターの研修で大阪の天満橋へ。その上、通信教育では古文書と旧約聖書の二つ。市内のミュージアムでは、月一度開催される地域の古文書学習とラベル貼り整理のボランティア、そして鬼貫クラス。一度は、姫路駐屯地の夏祭りにも出かけた。

酷暑期には、朝は無理せずゆっくりすることとしたが、昨年から継続している朝食のゆで卵一つと自家製フルーツゼリーが、本当にエネルギー源になることを知った。但し、今年の夏はアイスクリームをかなり食べた。

放送大学に関しては、単位認定試験が7月中旬にあった後、9月から後期の7科目を前倒しして聴講。少しでも時間が空けば、1.5倍速で講義を聴く日々だった。
。。。。。。。。。
銘記すべきこととして、過去三年半、続けて来た市内の漢方薬治療を、8月下旬に止めることになった。

以下は、2024年7月18日付ブログ(https://itunalily.jp/wordpress/wp-admin/post.php?post=8064&action)と重複するが、もう一度書いてみたい。

40代初めのM先生には、2021年2月からお世話になってきた。主人の若年性神経難病が主眼だった21年以上の家庭生活では、健康そうに見えた私にも、実はしつこい慢性疾患があったのだ。

具体的には、両足裏の掌蹠膿疱症(2003年頃から計4つの皮膚科で、ずっとステロイドの塗り薬をもらってきたが、なかなか治らず、いつでも痛む足を騙しだまし歩いていた)と右目の角膜ヘルペス(2017年2月3日以来ずっと、二つの眼科で二種類の目薬をさしていた)と寒冷蕁麻疹。今ならば、もっと早く漢方治療に入るべきだったと思うが、やはり主人に比べたら私なんて元気元気、と思い込んでいた。

(このままではいけない、何とかしたい)と、突然のように飛び込んだ漢方店だった。最初の頃は、予約時間をすっかり忘れて電話で調整していただいたり、現金が不足していて目の前の銀行に下ろしに行ったり、と不安定だった。漢方的あるいは東洋医学的には、これは長年気を張っていた生活と介護疲れの影響であるそうで、証としては瘀血、すなわち肝臓の血の巡りが悪いということだった。

二三週間に一度の割合で通っていたが、不思議なように、あれほどしつこかった足裏の皮膚の荒れは、漢方服用後一ヶ月もしないうちに、きれいに消失していった。その後、再発もない。また、一度は阪大病院の眼科へ紹介された程、深刻だと言われていた右目の実質角膜ヘルペスは、今や「落ち着いている」。目薬も一切要らず、半年に一度の検診のみで済むようになった。

最初の頃は、夜8時か9時頃に寝てしまい、朝の3時ごろに目覚めて、そのまま起き上がっていた。時間の節約にもなり、用事が片付くから一日を有効に使える、と思っていたのだ。ところが、漢方の先生に言わせると、それは自律神経が不調だからだとのことで、これまた漢方薬をいろいろと組み合わせ、調整していただいて、結局は治していただいた。

修士課程一年目の2022年夏から秋にかけては、湿疹あるいは蕁麻疹が突然びっしりと全身に出現したりして、なかなか厄介だった。恐らく、主人の疾病をテーマとしていた以上、毎月のZOOMゼミも資料整理も、知的な作業よりはむしろ、精神的な負担が過大だったからではないだろうか?

3月の学位授与式を経て、毎月のゼミからも解放された後、今年一年はのんびりと、片付け物や新しいことを始めたりして過ごそうと思った。すると徐々に、湿疹が引いていった。そうするうちに、今度は漢方薬が飽和状態になったというのか、飲み忘れが増え、何だか重荷になっていった。

そこで、助けていただいたことの感謝と共に、「そろそろこの辺で」と申し出たのが8月下旬に差し掛かった頃。治ってきていろいろと活動するようになると、何とも身勝手なことに、自転車で片道数分の漢方店に通う時間も、漢方を飲んだ時間を記録することも、先生に話した内容をノートに書くことも、全てが億劫になっていくのだ。

M先生は、ちょっと残念そうだったが、あっさり解放してくださった。これも出会いと別れの定めだ。

ところが、その後10日程して、3月に学位授与された修論を基にして、10月に東京で開催されるパーキンソン病コングレスでポスター発表する受理通知がメールで届いた。そこで、御礼がてらSNSでM先生にご連絡をした。すると、すぐに喜んで返信があり、それからは修論のタイトルやらコングレスの抄録やらで、主にメールやSNSの通信が始まった。先生からすると、どうやら私の修論を読みたいということらしかった。

私の方は、学会発表そのものは2018年3月まで毎年のようにしていたので、口頭発表には慣れていたが、ポスター発表は初めて。最近の流行らしいが、何をどうすればいいのか、しかも初めての医療系学会なので、戸惑いも倍加した。我ながら大胆というのか、気楽に申し込んではみたものの、このような展開になるとは…..。

結局のところ、一旦はお別れしたはずのM先生に、ポスターの作り方まで伝授していただいたりして、てんてこ舞い、てんやわんやの日々を過ごした。
。。。。。。。。。
2024年10月16日付ブログ(http://itunalily.jp/wordpress/wp-admin/post.php?post=8830&action)と2024年10月19日付ブログ(http://itunalily.jp/wordpress/wp-admin/post.php?post=8872&action)に概略を書いたが、以下に補足を記す。

9月から10月半ばまでは、何をどのように発表するか、重苦しい修論内容を見直すのも苦痛で、パワポに記載する内容をあれこれ考えていた。合間には伊丹駐屯地の記念式典があり、出席。まだ暑さの残る日だった。

そうこうするうちに、検討の結果、ギリギリ間際に東京の印刷会社に頼んで、ポスター印刷をきれいに仕上げていただいた。その報告もドタバタで、M先生と受付のお兄さんには、営業妨害、ご迷惑だったかもしれない。

10月13日には学会発表。得難い経験で、やってみてよかったと思う。

発表そのものよりも、主人の21年以上に及ぶ神経難病で、どれほどたくさんの医療施設や医療スタッフの方々にお世話になってきたことか、思い出すだけでもどっと疲れる作業ではあったが、人生経験上、整理をつけるにはいい機会だったとは思う。お医者様方のお名前も出す以上、一応、学会発表前に通知をしておかなければと思い、葉書を一枚ずつ書いて送った。ところが、この作業がこれまた気の滅入るもので、毎日カレンダーを見つめ、リストを眺め、できるところからできるうちにと、一生懸命に進めていった。

でも、これをしなければ永久に心理的瑕疵が癒されることはない、と私は考える。尤も、葉書を受け取って先生方はびっくり仰天、(忘れた頃になんで?)ということかもしれないが、昭和育ちの私は、こういう時に古く義理堅い慣習が蘇ってきて、きちんとしないと気が済まないのだ。
。。。。。。。。
学会発表後、まずは御礼詣りとして、大阪は道修町にある少彦名神社様へ出かけた。私は願掛けはしないが、御礼の参詣は必須だと思っている。緒方洪庵の適塾が近くにあり、「洪庵先生」と今でも慕う人々の財源によって大阪大学医学部附属病院ができたのだ。その病院に長らく通院し、霊安室にも一晩寝かせていただいたのだから、その経緯を記した修論の合格および学会発表の御礼は、何を置いても是非とも先に、というわけだ。

「論文を読みたい」と言ってくださったM先生との約束は常に念頭を離れなかったが、実は修正すべき変換ミスが多数見つかり、気の重いこと重いこと。修論提出や口頭試問は、期限が予め決まっていたので、スケジュールに沿って形だけでも済ませることが先決。そういう作業は何とかできるのだが、やはりフリーの立場になると、今度は内容を振り返ることさえ、過去を思い出すために非常に滅入る。

11月下旬の姫路駐屯地の記念式典を挟み、数ヶ月かけて重苦しい気分を宥め賺しながら、ようやく修論の変換入力ミス多数を修正して製本。これが済んだのが何と12月5日。梅田のKINKO’S店へ紙媒体のまま持参し、最初は5部作製していただき、その後に5部を追加した。

お世話になった大学病院の教授やお医者様の数名に、製本したものにお手紙をつけて、直接お渡ししたり、郵便局から発送したり、これもまた何とも気の重いことだった。御礼報告という義務感情が先立つ上、修士レベルなので、どなたもお忙しい中、割り込むのも誠に僭越だと気が引けるからだ。つまり、相葛藤する感情と感情のせめぎ合いである。

結局、M先生には予約時間を5分取っていただき、手渡しをした。12月13日の夕方だった。長い道のりだったなぁ、と感慨にふけりながら、暗い道をとぼとぼと歩いて自宅に戻った。
。。。。。。。。。
その後、ゆっくり考えてから、思い切って岐阜大学の下畑享良教授にもお送りした。なぜならば、私の修論テーマの決定および発展は、先生が2006年頃の米国神経学会での経験談を綴られた神経学ブログ『Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文』(https://blog.goo.ne.jp/pkcdelta)の一文がきっかけだったからだ。

このブログを紹介しながら自分の修論テーマの絞り込みを発表した時、ZOOMゼミで初めて私は褒められた。それが修論に結実し、学位授与および学会発表にまで繋がったのだ。これは、是非とも御礼かたがた、ご連絡申し上げなければならない。

実は、下畑教授からは「遺族の視点からパーキンソン病とその治療薬について論じたご論文を拝読するのは初めてでしたし、非常に詳細で深い議論が展開されていることに感銘を受けました」という丁重なメールが12月24日に届いた。何とも素晴らしいクリスマス・プレゼントである。

我が家のPD史に、宇多野病院の久野貞子医師、そして、阪大病院神経内科の主任教授であった佐古田教授と望月教授に岐阜大学の下畑教授も加わってくださった。神経内科学では主導的かつ著名な神経学者ばかりである。何とも光栄極まりない。

やっと放送大学のやり方に慣れたか、と思えたのは、実は9部の修論製本を送り終わり、すっかり気分が楽になってからだった。奇妙なことであるが、全科生として単位修得と2年間の修論作業が済み、学会発表をし、それでも読み返す度に見つかる多数の誤記ミス修正に手間取り、ようやく12月上旬に製本できて初めて、やっと肩の荷が下りた。「目から鱗のようなものが落ちた」という新約文書の表現があるが、本当に、主人の病気はまだ終わっていないのだ、と思う。

それは私の主観でしかないのかもしれない。単なる思い込みかもしれない。

だが、江戸期の薬問屋の発祥地である大阪道修町にある少彦名神社の宮司様が、「ご自分にリミッターをつけづに世界に役立つ研究に邁進して頂ければと思います。」「人類がある限り病があり続け、それを治療する研究を人間は絶えず行ってきました。病に苦しむ人々に光明を与える研究をどうぞお続け下さい」と私に書き送ってくださったように、単なる一個人の疾病としてのみならず、公的かつ社会的な意味を見出し、何らかのお役に立てるような勉強と発信を続けていかなければならない。

今年は、その意味で非常に多彩かつ充実した一年であった。還暦にしては上出来である。

ブログを読んでくださった皆様にとっても、来たる一年がより実り多きものでありますよう、祈念申し上げます。ありがとうございました。

(2024年12月27日記)(2024年12月29日一部加筆修正)

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追憶の『カルティ二の風景』時代

京都大学東南アジア研究所の故土屋健治先生の追悼集会のようなオンライン会合に、今、参加しながら書いている。30年前に病死された土屋先生のことは、今も私の記憶に鮮明だ。

京都大学東南アジア研究センター教授であられた土屋健治先生が書かれた『カルティニの風景』(1991)に関する研究会を開催いたしますので、多数のご参加をお待ちしております。

題目:没後30周年、2020年代における土屋健治作品の先端性:感情史、パブリック・ヒストリー、そしてFieldNote Archive
報告者:大橋厚子(名古屋大学名誉教授、京都大学東南研・連携教授)
コメント:柳澤雅之(京都大学東南研)「土屋先生の思い出とFieldNote Archiveの視点から」
日時:2024年12月20日(金)15:00-18:00(報告:15:00-16:00)
場所:京都大学稲盛財団記念館3階中会議室

私は、1993年春にマレーシアの勤務から帰国した後、混沌としたマレーシアをどのように理解すべきなのか、ご教示いただきたいと思い、三重大学名誉教授の戸谷修先生にお手紙を出した。名古屋国際センターの図書室で「ブミプトラ研究会」という資料を見つけ、それを手掛かりにしたのだ。今思えば、怖いもの知らずというのか、活路を求めて必死だったというのか…..。

その戸谷先生には随分お世話になってきたが、今年1月に訃報が届いた。

戸谷先生は、「マレーシアを勉強するなら、京大の坪内教授や前田成文(せいぶん)にも連絡をつけてあげましょう」と仰り、その年の9月に開催される京大の東南アジア研究センター研修の案内までくださった。

私も大胆ならば、戸谷先生も大胆だ。名古屋大学という紐帯と、当時は東南アジア研究者が極めて限られていた時代だったこともあり、即決してくださったのだろう。

緊張しながら応募書類に記入して京大に送ると、十名程の研修受講生の一人として採択され、丸一週間、京都市の三条にあったユースホステルに宿泊して、毎朝、荒神橋まで通って研修を受けた。

あの頃の大学は、社会的にも学的にも選抜された聖域のようなところがあり、確かに敷居も高かったが、一旦、公的ルートのフィルターを通過して受け入れられたならば、準仲間、準身内のような扱いをされた。今でも熱くなるほどの濃厚かつ重厚、そして懐かしい限りの集中講座だった。京大の教授や助教授というだけで、名古屋出身の私には畏れ多く見上げるようだったのに、「ここに来る学生は、一味違うから」とのことで、諸先生方は隙間時間には我々のところに入って来られ、ほぼ対等な立場で自由討論に加わってくださった。

当時、研修講義を受けた先生方で今もご健在なのは、知る限り、加藤剛先生お一人のみである。

その頃、所長だった矢野暢元京大教授によるセクハラ事件で、京大東南アジア研は世間の風当たりが強かった。女性の活躍がことさら強調されるばかりか、政府自ら「女性、女性」と叫んでいる昨今では、(そんな時代もありましたねぇ)という感傷しかない。

矢野暢氏については、過去ブログにも記したことがある。

(https://itunalily.hatenablog.com/entry/20160324)
2016-03-24「「南進論」を読む」

(https://itunalily.hatenablog.com/entry/20170505)
2017-05-05「人気上昇中の防衛大学校」

勿論、土屋健治先生の講義にもフルで出席した。

『カルティ二の風景』は1991年に出版されたので、講義でもひときわ情熱的で、現地の人々を、我々と対等という以上に褒め称え、むしろ日本以上に素晴らしいものを植民地支配が崩したのだ、という論調だったような印象を覚えた。都市ジャカルタを含むジャワ文化は、ジャワ人が主体であればこそ貴いのに、という喪失感、オランダ文化の優越性を認めてオランダ語を吸収しつつも、自らの土地で主体者足り得ないもどかしさを綴ったジャワ貴族の娘カルティニを、あくまで引き立てようとする筋だったと思われる。郷愁、ノスタルジーが濃厚だった。

あの頃は、現地に行かなければ何もわからないという状況であり、手書きのフィールドノートこそが最も重視されていた。「思いついたこと、目に留まったことは、その日のうちに何でも書け」という指導をされた。(だから、私はマレーシアでも忠実に従っていた上、日常生活でもそれを実践してきた。)

戦後、急速に流行した反植民地主義に基づくアジア・アフリカの独立運動や、土屋流カルティニの描いた「麗しのインドネシア」にロマンティシズムを感じて、インドネシア研究あるいは東南アジア研究に人生を投じたとしても、それで身を立てられるか、といえば、当時も今も、保証は何もない。高度経済成長期を経たバブル経済期の日本だったからこそ、逆視点として土屋先生が貴重な立場を保持できた。それは、京大だったからだとも言えよう。なぜならば、20代から30代前半ぐらいまでの間は、大学での研究という聖域に閉じ籠っていても、世間も黙認するし、何よりも本人自身が学問没頭という名のもとに陶酔してしまうからだ。

ベトナム研究で有名だった故桜井由躬雄先生は、「自分の主観や感情を利用する、これは学問ではない」と、土屋路線を批判し続けていらしたらしい。

土屋先生に憧れて、タマン・シスワの研究で京大に来られた西村重夫先生は、後に研究室で自殺された。45歳の若さであった。(実は、研修後に西村先生からお電話があり、「ユーリさんしかいませんから」と、京大の発行物に短い拙稿を写真付きで掲載していただいたこともある。)

今回、名古屋大学名誉教授の大橋厚子先生が、女性だからということもあってか、いささか思い出話や主観を前面に出し、土屋路線は時代の先端を行っていた、と根拠なく主張。今の時代には「感情史」が歴史学を救うのではないか、という飛躍した論調で話を進めていらした。それもこれも、リベラル左派だからこそ許される立場だろう。また、やはり京大だからこそ許された在り方ではないか?しかしながら、生活困窮が目立つ現在、若い世代には実感しにくい知的高等遊民の優雅な時代の回想、という認識を私は持った。

土屋流ロマンティシズムは、カルティニが25歳で夭折した悲劇性を伴っていたこと、庶民の出ではなく、ジャワ貴族の系統に属していたこと、という要素を看過できない。また、その路線を東南アジア研究とするならば、タイやマレー半島やフィリピン等でも、似たような著述が現地の人々から生まれていたのかという比較対照が必須であろう。

そして、恐らく現役時代の土屋先生には真っ向から即座に否定された前提であろうが、江戸時代から明治時代にかけて喪失した日本の心象風景は、近代作家によってどのように描かれてきたのか?米軍占領や戦後の高度開発によって激変した光景は、しかしながら日本では、映像フィルムが残っていたり、古文書を読み解いたり、博物館の展示によって記憶が保持されたりしている面もあるが、インドネシアではそれはどうなのか?

マレー半島での限られた経験では、過去は常に麗しく思い出される。それは、私に帰る国があったからだ。しかしながら、現地の人々は、我々が想像する以上に上昇志向が強く、はしこかった。何事にも素早く変化に対応しようとした方が、うまく生き残り、よりよい快適な暮らしをしているように観察された。

だが、当時の京大東南アジア研では、それは抹殺される思考形態だっただろう。

土屋先生の時代は、あれでもよかった。但し、開発に伴う喪失感から、かつて在りし心象風景を美しく描き出す手法は、事実とは異なる側面が少なくない。例えば、共産主義者によると言われる9.30事件のような騒動を土屋先生は黙殺されていたし、その後のイスラミストによるインドネシアの大量殺戮と動乱の時代は、土屋路線では到底、説明できない。

現実的には、故桜井先生がおっしゃったように、あくまで個人の主観、趣味であり、学術研究とは言い難い。という以上に、一種、限界のある立場でもあったと思われる。

今ならば、パソコンで瞬時に正確にあらゆるものが映像化されて画面に出て来る時代である。いくら、追憶を言葉を尽くして語ってみたところで、それはその場における限定的なものであり、学問として批判に耐えうる通用性があるかどうかは、何とも言えない。

但し、今回のハイブリッド企画は、忘れかけていた30年も前の追憶に浸る意味では、十分に楽しかった。参加者は前半が41名に達したが、その後は半数以下に減っていった。また、瞥見の限りでは、マレーシア研究者は皆無だった。だが、土屋先生の人となりに触れるエピソードが次々出て来て、追悼としては充分だったと思われる。

お弟子さんに恵まれ、慕われる方だったからこそ、また、52歳という若さで亡くなられたからこそ、当時の記憶がすべて美しく彩られ、繰り返し定期的に追悼研究会が持たれてきたのだろう。

京大の荒神橋近くの研究センターで濃厚な知的空間を過ごした時期が、この私にもあったのだということ、その後、こんな人生になるとはあの頃には想像もしていなかったこと、しかし、やはりあの道を真に受けなくて正解だった、ということを思う。

土屋先生、思い出をありがとうございました。

(2024年12月20日記)(2024年12月21日一部修正)
………………
2024年12月21日追記

上記で、故西村重夫先生について触れたが、土屋先生の業績を振り返る上で、補足的に追加事項を書き添える。

結婚して関西に暮らすようになり、お葉書で連絡したところ、西村先生から「近くなりましたから、研究室にも立ち寄ってください」というお返事を頂戴した。
それでも私には雰囲気から近づき難く、結局は研究室にうかがうことは全くなかった。(所属があった2005年までは、時々、京大文学部の図書室や東南アジア研の図書室でマレーシアに関する文献コピーをした程度である。)

その頃、所属していた教育系の学会に参加したところ、西村先生も発表者として登壇されていたことがある。ところが、遅刻気味でギリギリに現れ、バラバラに半開きのままの黒いこうもり傘と一緒に、前に立たれたのだった。

(あれ?なんか雰囲気が変だ)と直観したものの、学会なのでご挨拶もしないままで終わった。

その時のお話も、タマン・シスワに基づくインドネシアのノン・フォーマル教育のことで、虐めや不登校が目立つ日本の学校制度に比べて、いかにインドネシアが子供の成長をあたたかく、おおらかに見守りつつ、自由な発達を促す教育法か、という内容だったと記憶する。青空教室のような大きな木の下で、先生と生徒が思い思いの姿勢で座り、共に学び合う理想型が紹介されていた。

ただ、会場からの質問で、当時既に報道されていたインドネシアの大量虐殺の騒動をどう思うのか、という問いには、先生は口ごもって、明快な回答を控えられた。

その頃、先生は在外研究でインドネシアにも滞在されていた時期があった。「あの優しかったインドネシア人が、どうしてこんなに狂暴になったのか?」と疑問を呈され、「恐怖を感じる」とまで現地報告に書かれていたそうだ。

土屋先生とは「まるで兄弟のように」親しい関係だった、と後に京大の院生さんから聞いたことがあるが、土屋先生亡き後、西村先生のスタンスは、学術的には批判に耐えられないものになっていったのではないだろうか?

この院生氏の話では、「先生の原稿がいつも締め切りに遅れていたので、下の者としては困っていた」「家庭の悩みがあったようだ」「(研究室での自殺のために)外部に通知も出さず、バタバタと処理されて終わった」ということだった。

私が訃報を知ったのは、たまたま自宅で夜遅くパソコン検索していたところ、偶然に画面に浮上してきたからだった。仲間内では、「京大の教授陣の権力闘争に負けた」という言述も見られた。

だが、権力闘争というよりは、限定的には有効だったジャワのノン・フォーマル教育やカルティニ思想の研究が、その後の展開に行き詰った故ではなかったか、と私は思う。あのような話は、日本が圧倒的に優位に立っていた時代における一つのオールタナティブとしてはいい。また、アジア図書館等のような本棚に入れるにも、ふさわしい。

1990年初頭に私が訪れたジャワ島(ジャカルタとスラバヤ)は、既に失われてしまった古き良き時代の日本の習慣と類似した懐かしい要素を多々含んでいた。だが、そのままの維持路線では、恐らく、地元の人々が我慢できなかったことだろう。それもまた、一種の逆植民地思想であるからだ。

冒頭の研究会では、1993年の研修の時に私も講義を受けた故高谷好一先生が「結局、残せるものはフィールドノートだけや」とおっしゃったそうで、今は柳澤先生らがデジタル化を進めていらっしゃるそうだ。

なお、ベネディクト・アンダーソンはインドネシアで亡くなったが、高谷先生はインドで終焉を迎えられたと報じられている。研究者としては「カッコいい生き様」のかもしれないが、ご遺族にとっては大変なことであろう。そういう点、大学では一方だけが強調されて若い学生に伝えられている傾向がある。

なお、冒頭で触れた戸谷修先生からはたくさんのお手紙でご教示をいただいてきたが、印象的な示唆を記しておく。

・名古屋大学には植民学の優れた先生がいらしたので、東南アジアに対する良い教育を受けられたこと。

・その路線上に、訪問した東南アジアに関する研究が若い青春時代の思い出として強烈であったこと。それによって人生方向が決まったこと。

・但し、アジア開発のテンポが速過ぎ、進み過ぎている感を覚えていること。

・戦後独立したアジアのリーダー達に期待し過ぎたことの反省。

(2024年12月21日追記)

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「おにぎり食べたい」

昨日の報道によると、福岡県北九州市の古い民家に一人で暮らしていた52歳の元タクシー運転手の男性が、生活保護を切られて餓死したという。肝臓か何かの病気のために働けず、役所に生活保護を約一年前に申請し、月8万円支給されていた。その後、職員の話では「本人が辞退した」との主張。それに対して、「おにぎり食べたい」と日記に記されていたという。映像では屋根が吹き曝しで、修理もされていない廃屋寸前のあばら家だった。

このニュースで想起したのは、2006年の事件。門司餓死事件と呼んでいるそうだ。同じく北九州市の門司地区で、2ヶ月で3名の餓死者が市営団地に出た、という。
確か、この頃にも「おにぎり食べたい」と書き残されていた、と報道されていた。

(https://x.com/ituna4011/status/1869674856192831630)
Lily2@ituna4011
おにぎり食べたい。 餓死事件では、決まってこの言葉が書き残される。 社会福祉、何とかならないのか?
6:23 PM · Dec 19, 2024
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(https://x.com/ituna4011/status/1869896253158596762)
Lily2@ituna4011
52歳の男性が最期に食べたかったおにぎり  国民全員が毎日同じ量を捨てている事実(井出留美) #Yahooニュース https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/8a3e47bff916241dea7d194159344f24242d3a57…
← 自宅で使わないいただき物の食品を市役所のコーナーに定期的に持って行くと、おじさんが物凄く喜んで受け取る。
9:03 AM · Dec 20, 2024
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(https://x.com/ituna4011/status/1869896536320307522)
Lily2@ituna4011
おにぎり 。 一歩間違ったら、自分だって……。
9:04 AM · Dec 20, 2024
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(https://x.com/ituna4011/status/1869901568583360819)
Lily2@ituna4011
30代の頃から、家の中に余っている台所用品等も定期的にダンボール箱に詰めて、施設に送っていました。勿論、必要かどうか、事前に電話で確認してからです。品目リストをメモ書きして、コピーを取り、家計簿に貼ってあります。
9:24 AM · Dec 20, 2024
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(https://x.com/ituna4011/status/1869902128262877475)
Lily2@ituna4011
自分だって、いつ転落するかわからない綱渡り人生。余力のある間に、せめてものセイフティネットのお助けをしたいと思いました。
9:26 AM · Dec 20, 2024
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。。。。。。。。。
(https://x.com/ituna4011/status/1669814086941679618)
Lily2@ituna4011
学会発表やリサーチ旅行のために二泊三日で外泊する時、お留守番の主人のために、常備菜を作った。
a. おかかやじゃこを混ぜ込んだ玄米の梅干しおにぎり数個
b. 人参や油揚げ入りひじき煮
c. 圧力鍋で作った薩摩芋と林檎の蒸しデザート
d. 大蒜を多めに入れた野菜たっぷりの鶏肉カレーか肉じゃが
6:07 AM · Jun 17, 2023
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(https://x.com/ituna4011/status/1869926533449867354)
Lily2@ituna4011
それでも、
あの嫁と結婚したから、弟は神経難病になった、
と、病院でもケアマネ事務所でも警察でも家庭裁判所でも、どこでも出て来て、決然とした顔で言い立てていた姻族がいた。
11:03 AM · Dec 20, 2024
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(https://x.com/ituna4011/status/1869961314518614275)
Lily2@ituna4011
法的措置を取る、
と何度も留守番電話がかかってきた。ケアマネさんにも、6回ぐらい。
聞いて呆れる。名誉毀損法で訴えたいのは、こちらだ。 宝塚市立病院の主治医は、
医者になって十数年だが、こんな話は初めてだ、と。何でも記録を取れ、と指示を。
1:21 PM · Dec 20, 2024
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(https://x.com/ituna4011/status/1869927608428962173)
Lily2@ituna4011
おにぎり食べたい餓死事件は、必ずしも因果応報、当事者の無知責任とばかりは言えない。周囲に悪意を持つ血縁が貶めている場合もある。 目には目を、歯には歯を、の厳罰が必要。
11:07 AM · Dec 20, 2024
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(https://x.com/ituna4011/status/1869936393260339318)
Lily2@ituna4011
そんなことから、施設や市役所には、自宅の余った食品や生活用品を寄付し続けてきた。 意味があるかどうかは、わからない。今の時期、小さい頃に読んだ”マッチ売りの少女”のお話を思い出し、できる時にできることをするだけだ。
11:42 AM · Dec 20, 2024
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(https://x.com/ituna4011/status/1869961946084323516)
Lily2@ituna4011
家の中のことは、他人にはバレないだろうと鷹を括って、権威があるとされる公的機関に出て来たのだろう。 介護職の人には、時々ある問題事例のようだが。
1:24 PM · Dec 20, 2024
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(2024年12月20日転載終)(2024年12月21日一部修正)

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東海銀行から三菱UFJ銀行へ

(https://x.com/ituna4011/status/1260488904005890057)
Lily2@ituna4011
昨日は、どこの水道を使っているか、わざわざ銀行が何度も着信。住所を見ればわかるでしょう?この忙しいのに、馬鹿げた対応とは、このこと。頭を使いなさい!今日は、携帯番号が書いてないからと、書類を突き返す。昨日、うるさかったから、教えないんです。固定電話で充分だ。わからんのか?
5:35 PM · May 13, 2020

(https://x.com/ituna4011/status/1868599824834248803)
Lily2@ituna4011
下記の件、三菱UFJ銀行でした。ここは、いつでも窓口の女性行員の態度が非常に悪く、他行ならば10分程度で済むところが、20分ぐらい、こちらの預金をPC画面で眺めたりして、イライラさせられます。そして、何とイスラム銀行と提携までしたらしい。こちらは非ムスリムのズィンミーなのに。 もう、解約!
7:11 PM · Dec 16, 2024
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(https://x.com/ituna4011/status/1868598756633157913)
Lily2@ituna4011
三菱UFJ銀行https://nikkei.com/article/DGXZQOUB164F10W4A211C2000000/…
《元行員は40代女性。支店の貸金庫や予備鍵の管理責任を負う立場を利用し、2020年4月から約4年半にわたる在籍期間に東京都内の練馬支店と玉川支店で現金などの窃盗を繰り返していた。被害に遭った顧客は約60人で、被害額は時価で十数億円程度にのぼる。》
7:07 PM · Dec 16, 2024
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(https://x.com/ituna4011/status/1868598800891404314)
Lily2@ituna4011
☚ この女元行員の顔写真と住所、氏名、年齢を全部明らかにし、総額10数億円を生涯かけて皆の前できちんと支払い終えるまで、朝から晩まで苦行労働に費やせ、という処罰が一番。ついでに、投資先の凍結も。
7:07 PM · Dec 16, 2024

(https://x.com/ituna4011/status/1868450877436207419)
Lily2@ituna4011
亡父の勤務先が統合してできた銀行。お父さんに言いつけてやる! 昔の銀行員は大変だったんだぞ!
9:19 AM · Dec 16, 2024

(https://x.com/ituna4011/status/1868450383988932926)
Lily2@ituna4011
40代の女管理職の犯行。 昔のように、顔写真と本名と住所も明記して公表すればいい。 犯罪防止には、全てを明らかにするのが最も手っ取り早い。 社会の中で罪を犯したら、自分で責任を負うべきだ。 変な人権配慮は不要。
9:17 AM · Dec 16, 2024
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(https://x.com/ituna4011/status/1869880300567966180)
Lily2@ituna4011
貸金庫というパンドラの箱 開けた三菱UFJ銀行 金融人、犯罪頻発のなぜ㊤ – 日本経済新聞 https://nikkei.com/article/DGXZQOUB1749Y0X11C24A2000000/…
← 昭和時代から続く組織体質?!
7:59 AM · Dec 20, 2024
。。。。。。。
(https://x.com/ituna4011/status/1879122655007371439)
Lily2@ituna4011
三菱UFJ銀行の貸金庫盗難、元行員逮捕 金塊の窃盗容疑 – 日本経済新聞 https://nikkei.com/article/DGXZQOUE19AQN0Z11C24A2000000/
← 名前は?
8:05 PM · Jan 14, 2025
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(2025年1月14日転載終)
…………….
2025年1月15日追記

(https://x.com/ituna4011/status/1879381924034355204)
Lily2@ituna4011
元行員の今村由香理容疑者(46)=東京都練馬区=を窃盗容疑で逮捕
1:15 PM · Jan 15, 2025

(https://x.com/ituna4011/status/1879382601988997341)
Lily2@ituna4011
銀行と顧客だました4年半 三菱UFJ元行員の「隠蔽メモ」 – 日本経済新聞 https://nikkei.com/article/DGXZQOUE102ZC0Q5A110C2000000/…
顧客の貸金庫から時価約2.6億円相当の金塊を盗んだとして、三菱UFJ銀行元行員の今村由香理容疑者(46)=懲戒解雇=を窃盗容疑で逮捕
1:18 PM · Jan 15, 2025
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(https://x.com/ituna4011/status/1879408883313332583)
Lily2@ituna4011
“ギャンブルで民事再生法の適用申請”今村由香理容疑者が借金返済に困窮か…貸金庫から窃取した金品17億円以上の可能性 警視庁 https://youtu.be/os-vrm932qw?si=XPK0ehqoliRrjep9… via @YouTube
《どうして、こんな人が副支店長?とか偉くなれたんだろうか?》
3:02 PM · Jan 15, 2025
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(https://x.com/ituna4011/status/1879439407796941233)
Lily2@ituna4011
三菱UFJ〝貸金庫窃盗〟で逮捕、元女行員の素性 FXや競馬の損失補填に「返済に苦慮して…」被害総額17億円以上か https://zakzak.co.jp/article/20250115-GPEXWN4S6VJG7MH3XFRJFUPE6M/… via @zakdesk
5:04 PM · Jan 15, 2025
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(https://x.com/ituna4011/status/1879443428393746521)
Lily2@ituna4011
【急転】三菱UFJ貸金庫事件で元支店長代理の女(46)逮捕 金塊20㎏盗んだ疑い 動機は “FX取引や競馬の損失と借金”【めざまし8ニュース】 https://youtu.be/iV9rFedb4-Q?si=3441LHE2AWzg99a7… via @YouTube
《やっと実名公表。》
5:20 PM · Jan 15, 2025
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(https://x.com/ituna4011/status/1879444888271655205)
Lily2@ituna4011
2024年10月までの4年半で被害者60人以上、被害額17億円以上。
5:25 PM · Jan 15, 2025

(2025年1月15日転載終)
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2025年1月16日追記

(https://x.com/ituna4011/status/1879810898895982745)
Lily2@ituna4011
三菱UFJ銀行、半沢淳一頭取ら5人処分 貸金庫の窃盗事件で – 日本経済新聞 https://nikkei.com/article/DGXZQOUB1674T0W5A110C2000000/…
← 被害者約70人。被害額14億円。
5:40 PM · Jan 16, 2025·
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日経新聞』(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB1674T0W5A110C2000000/)

「三菱UFJ銀行、半沢頭取ら5人減給 貸金庫の窃盗事件で」
2025年1月16日

三菱UFJ銀行は16日、半沢淳一頭取ら役員5人の社内処分を発表した。元行員が貸金庫から顧客の資産を盗んでいた問題を受け、役員報酬を減額する。貸金庫の室内に防犯カメラを増設したり、入退室や貸金庫の開閉を管理強化したりするなど追加の再発防止策を公表した。貸金庫ビジネスのあり方については撤退も含めて議論を進めていくとしている。
半沢氏は報酬の月額30%を3カ月減額する。役員に対する処分は堀直樹会長やリテール・デジタル部門長の山本忠司取締役常務執行役員など5人が対象。ほかに部長級などの管理職についても処分を検討する。
同日付で事件の原因や犯行の手口、再発防止策などをまとめた報告書を金融庁へ提出した。元行員による貸金庫での窃盗事件が発生したことを受け、金融庁は三菱UFJ銀行に報告徴求命令を出していた。今月14日には警視庁の捜査2課が今村由香理容疑者=懲戒解雇=を窃盗の容疑で逮捕した。
今村容疑者は2020年4月から約4年半にわたり、東京都内の練馬支店と玉川支店で現金や金塊の窃盗を繰り返していた。被害に遭った顧客は約70人で、総額14億円分。同行は昨年11月の公表時に被害者を約60人としていたが、その後に出てきた被害の申告を調査した結果増えた。今後の調査によってはさらに変動する可能性があるという。
親会社の三菱UFJフィナンシャル・グループをめぐっては、銀行の顧客情報を無断でグループの証券会社と共有していた「ファイアウオール規制」への抵触など複数の法令違反が見つかり、亀澤宏規社長ら21人を対象とする処分を昨年7月に公表した。

(2025年1月16日転載終)

https://itunalily.hatenablog.com/entry/2024/11/11/073636

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